君の為に出来ること
「俺、お前の為なら死ねる気がする。」
そう呟いた古市の横顔は、何を考えているわけでもない、いつもの表情だった。
「なら、俺が死ねって言ったら死ねるのかよ?」
言葉の真意が掴めず、尋ねてみる。些細な表情の変化も見逃さないように、じいっと横顔を見つめながら。
すると古市は苦笑した。依然、こちらは見ない。
「いや、そういう意味じゃなくてさ。なんつーか、例えば、もしも俺が死んでお前が助かるなら俺は死ねるし、そうだな。もしお前が俺を殺したいって言ったら、殺されてもいい気がする。」
古市の言っていることは、頭の弱い俺には分からない。
意味も分からないが、それを言っている古市の気持ちも分からない。
「男鹿には、分からなくていいよ。」
古市は瞼を下ろし、微かに微笑んだ。瞳は見えなかった。
そんな会話をしたのが数週間前。あまり正確には覚えていない。
「お…、が?」
目の前で横たわり、腹や口から血を流している古市が、僅かに目を開けた。そんな当たり前の動きすら辛いのか、睫が震えている。
「古市…。」
「よか、。おま、が、い、きて、て…。」
瞬きをすることすら辛いのに、よくそんなに話せるものだ。
場違いにも、そんなことを考えていた。
古市の隣に胡座をかいて座る。いつもよりも赤みの少ない、真っ白な手を握ってみた。微かに握りかえされた。古市の瞳は瞼の下に隠されていた。何処かで、二重にサイレンの鳴り響く音が聞こえた。
「俺、多分お前には生きててほしいんだと思う。」
真っ白な部屋の中、点滴を打たれながら、ベッドで寝ていた古市が不意に口を開いた。
側にあった椅子に腰掛け、何をするでもなく、古市の顔を見つめていた。その顔はあの時と同じで、何も写していなかった。
一つ違ったのは、今は古市が寝転んでいるから、椅子に座っている俺は、古市の瞳を見ることが出来ることだ。
「あの瞬間、考えるより先に体が動いたんだ。で、刺された瞬間に、あ、このまま俺死ぬのかな、って思ったんだけど、お前の顔見たら、別にいいかなって思った。」
あの時、古市の瞳を隠していた瞼は、何度も動いていた。睫は震えていなかった。
「…良くねーよ。」
「え?」
古市がこちらを見た。久しぶりに目が合った気がした。
「良くねーよ。お前が死んだら、生きてる意味ねぇだろ。お前を守るのが俺の役目なんだから。」
「男鹿…。」
「だから、俺が死ぬまでお前は死ぬなよ。絶対だからな。」
「…おう。」
古市が微笑んだ。目は薄く細められ、口角は少しだけ上に上がっている。
視線は合ったままだった。
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補足:いつものように男鹿の喧嘩を物陰からこっそり見ていたら、ナイフを持ってる奴を古市が見つけます。男鹿を刺そうと背後から襲ってきたそいつと、男鹿の間に割り込んだため、古市は刺されたのです。
補足があってもなくても分からない話。
いつもと違う雰囲気のおがふるを目指したものの、見事に失敗。