君の瞳に映る俺はいつだって歪んでる
あ、と思った時には遅かった。伸びた手は古市の頬を叩き、小気味が良いと言うには勢いの良すぎる音が部屋の中に響き渡った。
一瞬古市の頭が飛んでいくんじゃないかと思ったが、そんなこともなく頭と首は繋がったままで、ただ叩かれた古市は何が起こったのか分からないと言った表情で叩かれた姿勢のままでほうけていた。
「いた…い。」
掠れた声で古市が呟いた。
「おが、痛いよ…。」
叩かれた頬に手を当てて、古市がこちらを見た。開いた目からは涙がこぼれていた。
「当たり前だろ。痛くしたんだから。」
心臓の辺りがずきずきして、頭が痛くなる。目の前が暗くなりそうだ。
“古市を傷付けてはいけない。”
俺の中に掲げていた信念は、いともたやすく壊された。ただ十五年間守り続けた信念と、護り続けた古市を自らの手で傷付けてしまったことに、俺の心は悲鳴を上げているようだった。
今すぐ赤くなった頬に手を当て、簡単に折れてしまいそうなほど華奢な体を抱きしめたくなった。
でもそれではいけないのだ。
それでは、俺が古市を叩いた意味がなくなってしまうのだ。
「ひどいよ…。どうして?」
いつもはよく回る頭も口も、俺に叩かれたことで働かなくなっているようだった。
俺が古市を傷付けてはいけないと思っていたのは、古市も分かっていたのだ。
「どうしても何も、お前がいけないんだろ。」
そう、古市がいけないのだ。だから俺は自分の信念も心も、そういうものを犠牲にして、叩いたのだ。
「お前が、浮気するからだろ。」
古市には浮気癖があった。
女好きだと言うのは分かっていたけれど、付き合うようになれば少しは収まると思っていた。それは違っていて、むしろ付き合い始めてからひどくなった。
今までも何度も浮気を止めろと言って喧嘩もしたし、その度に古市は泣いて謝った。本当に好きなのは男鹿だけだから、と何度も言った。古市が好きだから、許していた。許してしまっていた。それが間違っていたようだ。
「違う…!あれは、浮気じゃな…!」
古市が涙を零しながら言う。
「それ何回目だよ?そろそろ聞き飽きた。」
馬鹿らしくなって、古市から目を逸らして座り込む。
「男鹿…!」
すると古市は俺に近づいてしゃがみ込んだ。
「何だよ?」
古市を見ないように返事をする。そうしないと、俺が泣きたくなるからだ。
「ごめんっ…!もう、しないから…!」
「それ何回言った?」
「っ…!」
濡れた瞳が大きく開かれた。古市が俯いて泣き出した。
俺も限界だった。
「っ、古市…。」
俯いたままの古市に手を伸ばす。
「男鹿…?」
上目遣いでちら、とこちらを見た。涙を拭っていた手を掴み、抱き寄せた。一瞬びくりと肩が揺れたが、抵抗することもなく腕の中に収まった。
「ごめん…。」
叩いてごめん。責めてごめん。
様々な気持ちを一言に込める。
「っ、ううん…俺こそごめん…!もうしないから、…男鹿が世界で一番好きだから…!」
俺の背中に腕を回してくる古市を、愛しく感じながら腕の力を強めた。
きっとまたこのやり取りを繰り返すのだろうと、頭のどこかで考える自分がいた。
怖いんだ。
男鹿が離れていく時、きっと俺は耐えられない。
男鹿に離れられるくらいなら、自分から離れていた方が楽だろう?
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終わり方が微妙ですみません。2012年の最初の更新がこれって←
ここで少しだけ、補足。
古市の浮気癖は男鹿が好きすぎる故に起こることで、男鹿といつか別れなきゃいけなくなるなら、少しだけ距離を置いておいて男鹿がいなくなっても大丈夫なようにしておいてるんです。そして、男鹿がいなくなったら耐えられないから、男鹿の代わりのように女の子と浮気してしまうんですね。もともと女好きですから。
ほんのりヤンデレのような…違いますね←