残った想い
私達は屋敷の片付けに奮闘していた。
とにかくここは、想像を絶する物ばかりがごろごろと眠っている。
「ん?」
カシャリと金属を蹴飛ばした音がした為、目を凝らして床を確認する。
「ロケット…」
手にした瞬間、何か嫌な感情が私を支配した。
禍々しく不快だ。思わずそのロケットをベッドに投げる。
「クリーチャーめは過ちを犯しました」
後ろからひっそりと聞こえた声にびくりと肩が揺れ、扉の方を見た。
「クリーチャー…?」
「ご主人様の命令を、クリーチャーめは約束を果たせなかった」
「ねえ、もしかしてこれ、スリザリンのロケットなの?」
「クリーチャーめは!クリーチャーめは!」
「クリーチャー!このロケットはレギュラスが残した物なのね!?」
次に肩を揺らしたのはクリーチャーの方だった。
溢れんばかりに目を見開き、私を凝視している。
「レギュラス様の名を、軽々しく呼ぶとは、」
「私、コウキと言うの。学生時代に、レギュラスと話した事があって―――」
「コウキ様!!」
「私を知っているのね?レギュラスは何か残さなかった?」
「コウキ様、コウキ様、クリーチャーめは、レギュラス様の言い付けを守れませんでした、あのロケットを破壊出来ずに」
「わかった。大丈夫よ、私がやるから」
先程ベッドに投げ出したロケットをもう一度手繰り寄せる。
本来ならば何をしても壊す事が叶わず、最終的にグリフィンドールの剣で破壊したはずのロケットだが、私なら出来る。そう確信していた。
「おいコウキ、何の騒ぎだ?クリーチャーは何をしている」
「クリーチャーは悪くないの、何でもないわ」
私達の声を聞き付け、シリウスを筆頭に屋敷内に居たメンバーが集まってきた。
クリーチャーの目から涙が溢れ落ちる。
「レギュラス様は、貴女様をお慕いしておりました」
「え?」
ロケットに集中させていた視線を、思わず外す。
クリーチャーは私をじっと見つめていた。
「レギュラス様は最期に、貴女様にもう一度逢いたいと仰っておりました。あの時、貴女様の言葉を受け入れていたらと」
「レギュラス…」
彼が思い留まってくれたらと伝えた言葉。
結果が変わらなければ意味がない。
レギュラスは私の知る途を辿ったはずだ。彼はヴォルデモートという運命に牙を向き、そしてその想いを今、私は握っている。
同じ運命だったとしても…私の言葉はレギュラスにとって少しでも良い方向へ導けただろうか。
「私にとっても、レギュラスは大切な友人よ。待っていて、クリーチャー。必ずあのロケットを貴方に返すから」
「そのような事は許されません!あの毒は恐ろしい物で御座います!レギュラス様を死に至らしめたのです!」
「大丈夫よ。絶対にレギュラスの気持ちを無駄にはしない」
私は立ち上がり、ロケットを握り締めた。
ここにヴォルデモートがいる。力を込めるにつれ、キシキシと嫌な音を立て指の隙間から黒い煙が噴き出した。
「コウキ!」
黒い煙が私を覆い込もうとした時、音もなく銀の狼が後ろから飛び立ち黒い煙を切り裂く。甲高い音を立てながら、その禍々しい物は狼により蹴散らされた。
握り締めた手を開くと、ロケットは壊れ空の中身を晒していた。
「コウキ、大丈夫か!」
「今のは一体何だったんだい」
「ヴォルデモートにとって大切な物。レギュラスは奴に対抗する為にこれを奪い、死んだのよ」
「何だって?」
「レギュラスは逃げ出したんじゃない。戦ったの、ヴォルデモートと」
クリーチャーが再び、わっと涙を流した。
「では、分霊箱は確実に存在するのじゃな」
「うん。でも、本体を倒すのにまず分霊箱の全てを破壊する必要は無いかもしれない」
「と言うと?」
「私の知るヴォルデモートより、今のヴォルデモートには心がある。かつて奴にも愛した人がいて、その人は今私の中にいる。その人の力を使えば、或いは」
夜、屋敷に現れたアルバスに事情を一通り話した。
ロケットは私の手によりあっさりと破壊された。分霊箱の機能をも上回る力が、彼女達にはあるかもしれない。魂ごと封印してしまうような、そんな力が。
「しかし驚いたな。レギュラスがお前を好きだったとは」
「あの頃の私には、やり残した事があり過ぎる…」
アルバスが屋敷から出ていった後、夜勤のトンクス、シリウス、リーマスとキッチンテーブルを囲んでいた。
「コウキってグリフィンドールよね?スリザリンで後輩のレギュラスとはどんな馴れ初めが?」
「変な言い方しないでよトンクス…」
「こいつには寮の隔たりなんて無意味だったからな。あのスネイプとも宜しくやっていたし、他の寮のファンも多かった」
「いやいやそれを貴方達に言われたくないって」
「私達は良くも悪くも目立っていただけさ」
もう過去を振り返り後悔するのはやめようと、何度も心に決めているのに。大きく溜め息が出てしまい、もやもやする思考を吹き飛ばそうと紅茶を一気飲みした。
「じゃあ、リーマスとの馴れ初めを聞かせてよ」
「ぶっ」
突然の言葉に紅茶が口から溢れた。げほげほと噎せる私の背中をリーマスが優しく叩いてくれる。
「それなら、間違ってないよね?」
「今?ここで女子トーク?おっさん二人引き連れて?」
「酷い言われようだ」
「いいじゃない、ねえリーマス聞かせて!そんな高嶺の花のコウキを落とした経緯!」
若さに火を付けたトンクスが捲し立てる。
馴れ初めも何も、私は最初からリーマスが好きだったし、最初から一緒にいた。
気付けば時は一瞬にして過ぎ去り、あの日を迎えたような気すらする。
「馴れ初めと言われても、難しいな。彼女は出来上がっていた私達の輪に、最初から居たように填まっていたから」
「それって人柄が成せる業ね。真っ直ぐなコウキだから、心に留まるんだ」
「恥ずかしいからやめてよ、誉めても何も出ないよ?」
頬が火照る気がして俯く。
皆、本当に優しくて、大きくて、私には憧れの存在だった。自分の力に恐怖し、ちっぽけな私を受け入れてくれるその気持ちを、疑ってしまう程に。
「ね、誰が一番素敵だった?やっぱりリーマス?」
「本人ここにいるってーのにその質問か!」
「シリウスだってイケメンな訳でしょ?その弟のレギュラスに、他にもコウキにアピールしてた人だっていたんじゃないの?」
目をキラキラさせたトンクスに、もう逃れられない状況に陥りつつある事を察知する。何だかシリウスまで乗り気のようだ。こいつは本当に昔話が好きなんだから。
「確かに人気だったね、よく呼び出されてた」
「リーマスもでしょ」
「一時期スネイプにべったりだったよな?」
「セブルスは宿題の先生」
「あいつ、何だっけ?レイブンクローの奴からよくラブレター貰ってた」
「シリウスが暖炉の肥やしにしてた」
「あんなにアピールされてたのに、驚きの鈍感力でスルーしてたよね」
「スルーしてた訳じゃ…」
「逆に可哀想になるくらいな。お前、本当鈍感だったよな」
「リーマスしかみてなかったんです!」
あ、と思った時には既に遅く。
ニヤニヤしたシリウスとトンクスに、根掘り葉掘りされる事を覚悟する羽目となった。
翌日、ついに懲戒尋問の日がやってきた。
女子会を終えた後に交互で休憩を取り、私は先ほど起きたばかりだ。朝食の準備をしていると厨房の扉が開き、ハリーが入ってきた。
「おはよう、ハリー」
「朝食ね。何にする?」
「トーストを…お願いします」
「眠れた?」
「うん、大丈夫」
ハリーは笑おうとしたのだろうが、緊張の所為で顔が固まったままだ。アルバスは昨夜、ハリーに顔を見せずに帰ってしまった。きっとハリーはその事を気にするだろう。
「さ、じゃあ行こうか」
「いってらっしゃい、ハリー」
ウィーズリーおじさんは、言葉の少ないハリーを連れ屋敷を出ていった。ハリーを見送ってすぐ、私は魔法省の入り口で待つアルバスの下に姿現わしした。目的はハリーの証人になる事。
「おはよう、アルバス」
「ああ、気分はどうじゃ?」
「ばっちりだよ」
私が初めてホグワーツに来た時、アルバスによって所謂住民票のような物が偽造されていた。
このご時世、出生の不明な孤児は珍しく無いようで、いずれは就職などに不利益になる可能性はあっても、生活に支障が出る程では無いそうだ。
しかし私に至っては、ホグワーツに編入、退学の経歴は変わらないが、日本の大学の卒業証書が発行されているらしい。どうやったのか聞く事すら恐ろしい。ちなみに職歴もある。
だからこそ堂々とハリーの証人に名乗りを上げられるのだから、文句など一つもないが…権力とは恐ろしい物だ。
私が生きている事を既にヴォルデモートは知っているのだから、この姿を隠す必要は無くなった。
ただ一つ弊害があるとすれば、学生の姿との両立が難しい事だけだろう。
「面倒な事になったようじゃ」
「何?」
「時間と場所が変更になった。急ごう」
一羽のふくろうが届けた手紙には、思いも寄らぬ変更の内容が。フィッグさんと共に、私は厳しい扉の前で待機した。
「証人、中へ」
扉が開き、そこに立っていたのはパーシー。
この姿の私は知らないはずなので全く反応は見られなかったが、きっと子供の姿だったとしても、私には目もくれないんだろう。
「何者だ?」
「コウキ・ユウシです」
ハリーが驚いて私を見たが、一瞬目を合わせてすぐにファッジへと視線を戻した。
「それで?」
「久し振りに日本からこちらへ来まして。旧友の息子さんの姿を一目でも見ようかと、歩いている時でした。8月22日の午後9時ごろ」
淡々と説明を続けた。
質問にも答え、滞りなく私の証言は終わった。
「よろしい、退出してよい」
フィッグさんの証言も終わり、共に重苦しい扉の外へと戻った。それからしばらくして、アルバスが出てきた。
「無罪じゃ。コウキ、後は頼んだぞ」
「はい」
アルバスはフィッグさんを連れ、廊下の先へ姿を消した。少ししてウィーズリーおじさんが現れ、次いでハリーも扉から出てきた。
「コウキ!どうして、その姿で、」
「この姿を隠す必要は無くなったから。おめでとう、ハリー」
おじさんの一歩後ろを歩いていたのだが、急におじさんが立ち止まり、私達はつんのめって転びそうになった。
「おじさん―――?」
動こうとしないおじさんを疑問に思い、その視線の先を追う。そこに立っていたのは、ファッジとルシウス・マルフォイだった。
ついこの間は、あの墓場でヴォルデモートに平伏せていたというのに、何故魔法省に立ち入りが許されるのか。どうして、ファッジはこちらに耳を傾けないのか。
「これはこれは…」
「こんにちは、マルフォイさん」
「おや君は…何処かでお会いした事があったかな?」
「一時の戯れです、マルフォイさん」
「ルシウス、知り合いなのか?」
「―――パーティでね」
では、と言って二人はエレベーターへと乗り込み、姿を消した。
「はあ。あれが本当に一時の戯れであればよかったのに」
「パーティっていうのは?」
「まさかファッジに墓場で顔合わせしました、なんて言えないでしょ?」
「確かに」
帰りは地下鉄で、ハリーはやっと心底からの笑顔を見せた。ここにきてずっと緊張していたのだ、無理もない。
「ハリー!」
「よかった、無罪で当然だよね!」
厨房の扉を開けると、一気にみんながハリーに押し寄せる。そのまま昼食を取り、各々片付けを始めた時、私はハリーを呼び止めた。
「アルバスの事なんだけれど、最近ハリーに対して冷たいと思う?」
「うん…だって、僕の事一度も見てくれないし、一度も話してない」
「あのね、難しい事だけれど…あまり気にしないで欲しいの。ハリーの事が嫌いになった訳でも、見捨てた訳でも無い。アルバスの行動には、必ず意味がある」
「わかったよ、君がそう言うなら、そういう事にしておく」
「ありがとう」
ハリーの心情は複雑だろう。
しかし、今は仕方のない事なのだと思う。ヴォルデモートが力を付けてきている今、アルバス程の人が何か一つでもしくじってしまえば、それは隙になる。
今年は…シリウスが消えてしまう年だ。
絶対に、そんな事はさせない。シリウスの無罪を証明する事だって出来たのだから、この命を無駄にはしない。
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