約束の言葉は

あの日から数日が経った。
学校内外、ヴォルデモートの事を信じようとしないファッジの所為で、様々な働き掛けに翻弄され先生方は大変そうだ。
僕自身も現場にいたコウキの意識が戻らない事で更に言い逃れられ、頭がおかしくなったのだと言われる始末。

シリウスも仲間に知らせる為にホグワーツからいなくなってしまったし、ルーピン先生は今年で教員をやめてしまう。これからに備えて…みんなそれぞれにやらなくてはいけない事があるらしい。

―――コウキは、まだ目覚めないままなのに。

「ハリー?どうしたんだ、そんな怖い顔して」
「え?ああ…何でも無いんだ…」
「ハリー…医務室、行く?」
「…そうだね」

僕が何かを考え込んでいる時はあまり声をかけてこない二人だったが、今日ばかりは何かを思ったようだ。

「あら?どうかしました?」
「あの…コウキに面会を」
「ダンブルドアは、一時校長室に運ばれましたよ」
「え?どうして?」
「怪我人ではないから、引き取ると校長が」

僕らは急いで校長室へと向かった。ガーゴイル像の前まで来た時、角からルーピン先生がやってきた。

「どうしたんだい?そんなに急いで」
「あの…コウキが、ここにいるって聞いて」
「そうか。じゃあ、一緒に行こうか」
「はい…」

ルーピン先生はいつものように笑いかけてくれたが、その表情は初めて会った時のようにあまり元気には見えない。体調も、悪そうに見えた。

「失礼します」
「来たかリーマス。お前たちも、丁度良いところに来た」
「はい…?」
「少し、残念な知らせじゃ」

さっと背筋に冷たい物が走った。
部屋に不釣合いなベッドの上で横たわっている彼女の事だと、すぐにわかった。
ルーピン先生も、ダンブルドアも、険しい表情だ。

「コウキの肉体が、徐々に消滅しかけている」
「ど、どういう事ですか…?コウキに何かあったんですか!?」

ルーピン先生は無言のまま、コウキに掛かっているシーツを捲る。その手は…透けていた。

「もし、消滅してしまったら?」
「魔力で作られている体じゃ。魔法の効果と同じくその主が消える事を意味する可能性もある。しかしコウキの場合は何もかもが特殊じゃ。一概にそうとは言い切れぬ」

ダンブルドアの言葉に、脳裏に嫌な予感が走る。身体が消えかかっている事が、コウキの生命の燈が消えかかっている事を意味していたら?



その日、僕は夢を見た。
コウキが、どこか遠くの地で暮らしている夢。友達と家族に囲まれ、笑っている。
でも…僕のよく知っている笑顔では無かった。どうして、そんな顔をしているの?

「ハリー」
「…?」
「負けちゃ、駄目だよ」
「…コウキ…?」



―――…



「コウキ…」

不思議な夢を見た。
もしかしたら、コウキのいた、元の世界だったのかもしれない。あんな寂しげな笑顔は、久し振りに見たような気がする。

ベッドから出て、水を飲もうと寝室を出た。喉が乾いたと思ったら、結構汗をかいていたようだ。
こんなに人が恋しいと思ったのは初めてだろう。人狼になり、ただ只管、人の影を追う。それにも似た、この貪欲。



―――…



先程まで騒がしかったこの暗く寂しい墓場も、今や元の静かな霊魂の眠る地となった。
滴る血も、ハリーと共に消えた光も、目の前に立つ魔王も、この腐敗した空気も、私の前では穏やかな旋律を奏でる楽譜の一部のようだ。
今、私は自信に満ち溢れている。この曲が、私の鎮魂歌にならない事をこの魔王は悔しがればいい。

「私は、死なないよ」
「この状態になっても尚、そんな戯言を吐くか?」
「貴方に、私は殺せない」
「何度でもお前を追い、そして死を唱えてやろう」
「残念だね。言っておくけど私は、歴代の生まれ変わりの中でも最強なんだから」

永遠の命が欲しいなら、ホグワーツになんか送らずに自分の手元に置いておけば良かったのに。そうしたら、もしかしたら私は貴方のものになっていたかもしれないよ。

「ここで貴方を倒せる程の力は確かに残っていない。だけど、負けないんだな」
「何故そう言える?」

にやりと笑みを浮かばせ、私は杖を構えた。

「逃げるからさ」

例えここで魂の身となっても、私には帰るべき場所があるから。

「アバダ ケダブラ!」

私の声とヴォルデモートの声が被り、辺りに凄まじい光線が飛び散った。それが全て一つの塊となり、私の方へと突っ込んで来る。

ホグワーツへ帰りたい。

リーマスの、隣へ。



―――…



「私も…末期だな」

何度も、何度も、コウキの声が聞こえる。
これも空耳なのか。

遂に、コウキの身体が全て消滅した。
学期末パーティの前日の夜。皆がホグワーツから自分の家へと戻り、そして新学期を迎える。

職員テーブルから、全員が大広間に集まるこの姿を見るのは最後だろう。私はこれから起きるであろう戦いの為に、準備をしなくてはならない。

ダンブルドアは、どう説明するのだろうか?医務室から姿を消し、もう誰にも触れる事の出来ないコウキの身体。消えてしまった生徒の事を。

ありのままを伝えるには―――コウキには秘密が多過ぎる。

「今年も、終わりがやってきた」

ダンブルドアは、ヴォルデモートが復活した事を告げた。その責務は本当に重いものだ。それをやってのけるこの人は凄い人だと思う。

「そして、ヴォルデモート卿が復活した事によって―――本来ならここに居るはずの生徒が、欠けている」

コウキ・ダンブルドア―――

グリフィンドール席を中心に、ざわめきが起こった。すすり泣く声は、彼女を慕っていた友人達なのだろう。

「ハリー・ポッターと共にヴォルデモート卿の道へと迷い込んだ。しかし、二人は勇敢に戦った。そのような勇気を二人は見せてくれたのじゃ。ハリーは怪我を負ったコウキを連れ帰ったが―――彼女の意識は未だ戻らぬままじゃ。そして―――」

そうダンブルドアが言いかけた時、大広間の扉が強く開かれた。すすり泣く声すらもぴたりと止まり、

シャン、と
その音だけが聞こえた。



「遅れて、すみません」



みんなに注目された所為か、照れくさそうにそう笑って告げた。

「コウキ…」
「ああ…えーと?お構いなく続けてくだ、」
「コウキ!」

グリフィンドール席中心に人の雪崩が起きた。一斉に大広間の入り口に生徒が走り、彼女を取り囲む。もちろんその先頭には、あの三人組。
生徒だけでは無く教師陣も駆けつけていたが、私はセブルス同様、職員席から一歩も動かなかった。いや、動けなかった。あまりに突然で、今起こっている事が理解できていないのだろう。
ダンブルドアがくるりと振り返り、私に向かいウインクを一つ落とした。

「っ…」

やっと動いた体で殆ど人の薄くなった大広間の中心へ出て行った時、人山を掻き分け一瞬コウキが顔を出した。

「リ、リーマス!たすけっ…!」

その場所を忘れない内に手を差し入れ、彼女を抱き上げた。

「…おかえり、コウキ」
「ただいま、リーマス!」



―――



「ハリー、無事でよかった!」
「コウキ、それ僕の台詞だと思うよ」
「何だか、思ってたより元気だったから、拍子抜けしちゃったよ」
「それにしても、どうやって帰ってこれたの?」
「えーとね、姿現わしでホグズミードに行ったんだけど、そこで力尽きちゃって。でも、ホグワーツが近いから、少しずつここの体の力を吸い取ってたの。身体、消えちゃったでしょ?」
「だからだったのか!体が段々無くなって、本当に心配したんだよ」
「ごめんごめん。それで、叫びの屋敷から抜けて、戻ってきたのが今さっき」
「お疲れさま…本当に無事でよかったわ…」

抱き締められたハーマイオニーの肩が震えている。戻って来れたんだ、そう実感した。

「あ、もうそろそろ時間だよ!」
「コウキは、ルーピン先生と帰るんだもんね。じゃあ、ここで」
「ん、すぐ連絡するね」
「コウキがよければ、またうちに来てみんなで学校行こう!」
「了解!ハリー、何かあったら連絡してね」
「わかったよ。それじゃあ、また」

ホグワーツからみんなを見送り、学校を出て行く準備をしているリーマスの元へと向かった。

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