待っている人が

地面に叩きつけられるのを感じた。
芝生の匂いと、血の匂い。中身の無いコウキの身体と血の匂いは、深く死を想像させた。
あの場所に居た時、この染み付いた匂いはあの恐怖の中で唯一の救いだったのに。

どうなった?どうして僕は逃げた?彼女はもう力を無くしていたのに。あの人数のデスイーターから、ヴォルデモートから、生身の人間が生きて帰れるはずは無いのに―――

コウキは、

「ハリー!」

ダンブルドアが僕を覗き込む姿が見えた。
歓声も聞こえない。僕はなんてことをしてしまったんだ。

「…コウキが、コウキがっ―――ヴォルデモートに…!」
「どういう事じゃ?」
「ヴォルデモートが戻ってきた…コウキの力と、僕の血を奪って…」
「それは本当かい、ハリー」
「ルーピン先生…」

お父さんが、あの場でルーピン先生の名前を出した。コウキにとってルーピン先生は、ルーピン先生にとってコウキは、唯一無二の存在なのに、僕は。

「ハリーを医務室に連れて行こう」
「駄目じゃ、ここでじっとしているのじゃ」

ムーディ先生に腕を引っ張られ、身体を起こす。

「お前は横になっていなければ…さあ、行くぞ」
「ダンブルドアが、ここを動くなって」
「大丈夫だ。わしがついてるぞ」

手を取られ、抱えられるように僕は闘技場を出て、城の中へと入った。

「ハリー、何があった?」
「優勝杯がポートキーで…僕とコウキは墓場へ…ヴォルデモートが復活したんです」

今どうしてる?
もう、どこかへ逃げた?
お父さん達が、助けてくれた?
ねえ、コウキ…

「あ…カルカロフが、カルカロフがヴォルデモートの下に!」
「あいつは服従の呪文を受けている」
「そうだったんで―――…どうして、知ってるんですか…?」
「俺が奴に呪文をかけ、あのお方に差し出したのだ。あの儀式の時、俺は近くには行けないからな」
「…どういう事ですか…?」
「全ては仕組まれた事だった。最後の迷路も、苦労しなかっただろう?俺がお前の近くを巡回し、障害物を取り除いた。他の代表選手を蹴散らす為に、クラムに服従の呪文をかけてな」
「どうして…有名な闇祓いの貴方が…」
「それは違うぞポッター」

その時、大きな音と共に光線が飛び、ムーディが奥の棚へと吹っ飛んで行った。

「ハリー!」

扉を開け放ち、入ってきたのはマクゴナガル先生、ダンブルドアとスネイプだった。ダンブルドアが倒れたムーディを壁に立て掛け、そしてスネイプの真実薬を飲ませた。

ダンブルドアに問われ、語り出したものはクラウチJrの過去だった。憂いの篩で見た、少年がここに至る過去だ。

クラムと二人でいる時にクラウチさんが現れ、そして消えた謎も、バーサ・ジョーキンズが消えた謎も、ワールドカップで闇の印が打ち上げられた謎も、ムーディに成り済ます事が出来た謎も、全てが語られた。

「ハリー、わしの部屋に行こう。後は頼むぞ」

校長室に至るまで、コウキの事を考えていた。
お父さんやお母さんにとっても、僕にとっても大切な友人だったのに。
僕は、

「見捨てた…」
「そんな事はない、ハリー」
「あの時、もっと違う方法で戻って来れたかもしれないのに…コウキも、一緒に…」
「あの子が、そうしろと言ったのじゃろう?」

優勝杯に触れる前、コウキは僕に今までの事を打ち明けてくれた。あの時のコウキのように、僕は後悔している。こんな思いをして、ずっと生きてきたのか。

「ハリー」

校長室に入り、呼ばれた声にゆっくり前を見るとシリウスがいた。

「余計な事を考えるんじゃない。今は、ゆっくり休む事が必要なんだ」
「コウキの体は?」
「医務室だ。リーマスがついてる」
「ハリー、優勝杯に触れてから、何があったか話してくれんかの?」
「ダンブルドア、明日の朝ではいけないのか?」
「後に苦しみを引き伸ばしてはいけない。それでは、ハリーは救われんのじゃ」

どこから話していいのかわからなかった。きっと、この人達は僕の知らなかったコウキを知っているのだろうが、ぽつり、ぽつりと全てをゆっくり話した。

服従の呪文を受けたカルカロフがヴォルデモートの復活を手伝った事。コウキを貫き、ヴォルデモートが蘇った事。コウキは、闇を滅ぼす為に輪廻している魂を持っていた事。そして、杖が繋がり両親が現れ、最後に僕を逃がしてくれた事。

「君はコウキを見捨てたのではないぞ。それで正解だったのじゃ。君がそこで渋り共々ヴォルデモートの手に落ちていたとしたら?コウキは、その事を魂に刻み、永遠に終わる事の無い苦しみを味わっていたはずじゃ」
「そうだぞ、ハリー。あいつが望んだ事だ。必ず抜け道を見付けて戻って来る」
「でも…コウキに二度も…あんな思いを」

自然と今まで出なかった涙が溢れた。
いつだってコウキは僕を守ろうとしてくれていた。なのに、僕は何も出来なかった。
そう考えているうちに、疲労に負け重くなった瞼に抵抗する出来ず、僕はそのまま瞼を閉じた。



―――…



「コウキ…」

医務室の一番奥。
こんな姿を見るのは何回目だろうか?この中に魂は入っていないとわかっていても、瞼が、手が、動かないかと期待してしまう。

「君は今…どうしてるんだ」

握っていた手に額を落とす。

―――シャン

聞き慣れた音に、自分のポケットを探った。
クリスマスに彼女から送られてきた懐中時計。偶然にも、お揃いのものを買っていたそれを取り出す。

『本当の私は、ちゃんと、これを持っているから』

ふとその言葉が頭を過り、彼女のローブのポケットを探るが、それは見当たらなかった。

「まさか…この事を、言っていたのかい」

ここに要るのは、本当のコウキではない。彼女の魂、消える事の無い君を指しているのだろうか。

学生時代、授業中に倒れたコウキはどんなに呼んでも目を覚まさなくて。あの時はまだ、出会って間も無かったと言うのに、私は本当に辛く、苦しくて。早く…その瞼を開いて、私の名前を呼んで微笑んで欲しいと願った。

「私は―――待たされてばかりだね」

その時、仕切りのカーテンが遠慮がちに開いた。

「…ルーピン先生」
「ハリー、どうしたんだい?こんな夜更けに。君も休まないと…」
「先生に伝えたい事が…」

カーテンの向こう側にいる大人数を見て、少しだけ時間をもらってここへ来ているのだとわかった。

「なんだい?」
「コウキが、"私はリーマスがいるから大丈夫"って言っていて…」
「…ありがとうハリー。コウキがそう言うなら大丈夫だよ。戻って来たときに、おかえりと言ってあげよう」
「はい」
「ハリーも休むんだ。君が一番辛い思いをした」

少しほっとしたような表情を見せ、ハリーは自分のベッドへと戻って行った。



―――シャン



私が君を想う事で君が救われるのなら、嫌だと言われるくらい、君を想うよ。

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