届かぬ手

「さて…どうしようか」
「そう、だね」

しばしの沈黙。
同時にこの場所へ辿り着いた私達は、どちらがその手に優勝杯を抱いてもおかしくはない。だが、この先に待つものを知るのは、私だけ。

一度目を閉じ、自分の未来を考えた。
多少なりとこの世界に溶け込み、そして力を得た。本来ならば存在していなかっただろう私の力。しかし私が知り得る前からこの力の存在はあったのだ、ならば。
私の知り得る世界であり、あの本に刻まれた歴史とは違う道を、今ここに存在する人達は歩んでいるのだろう。私という干渉を受けずとも。だが、今まさにその干渉が道を別つ場所に立っている。

「ハリー」
「うん?」
「私は、この先にあるものを知っているんだ」
「え?どういう―――」

ここまで来て、私はいくつの後悔を残しただろう。伝えなかった事、その勇気を振り絞る事の出来なかった自分の弱さ。
私はもうここで生きる事を決めているのだ。彼等と共に生きていく為に必要な事は、今は…秘密にする事では無い筈だ。今この先に待ち受けるのはハリーの危険。ならば今私に出来る事など、そう多くはない。

「ハリー。この先にいるのは―――ヴォルデモートなの」

ごめんなさい。
そんな生温い言葉で許されるものでは無いと理解しながら、零れ出た言葉だった。ハリーは信じられないという目で、優勝杯を見ている。

「どうして、それを…?」
「黙っていて、ごめんなさい、ハリー」
「コウキは…どうしてそれを知っていて誰にも言わずに、ここまで…?」
「知っては、いけない事だった。私の間違いだった」
「どうして!」
「ハリーは、私がいなくても、ここまで来れた。この世界を歪めたのは、きっと、私」
「歪めた?」
「未来を知っていたの」

私の言葉を一生懸命理解しようとしてくれているのだろう。ハリーは真っ直ぐ私を見ている。だがその目には不安と、憤りと、そして…恐怖が映って見えた。

「いつ、から?」
「…最初から」
「…お父さんと、お母さんが殺される事も…ワームテールが裏切る事も…?」
「知ってた、よ」
「なのに、」

そう言い掛け、ハリーはしまったという顔をした。きっと今私の顔は歪んでいる。ジェームズとリリーを助けられなかった事への後悔。ハリーに拒否されてしまう事への恐怖。
私が、間違わなければ、もっと早く気付いていたのなら、力を得ていれば。もう遅い考えが渦となり胃を圧迫した。

「ごめん、ね。ヴォルデモートに勝てなくて…それを伝える前に、私が、消えて…」
「ごめん、コウキ、僕そんなつもりじゃ…」
「いいの、もっとはやく、言えばよかった。私が悪かった。未来を歪める事への恐怖が…私は、自分が潰れる事を恐れてしまった。私が弱かった、から!」

力を持つ自分
未来を知る自分
闇に生まれた自分

私が恐れるものは、自分なのだ。

「…コウキ、それは違うよ」
「え、」
「行こう、僕が一緒に行く。一人で我慢していても、強くなんてなれない。強さは、弱さを見せない事じゃ無い」
「ハリー…」
「それはコウキが教えてくれたんだよ」

ハリーが私の体を抱き締め、噛み締めるように言葉を吐く。どくどくと心臓が早鐘を打ち、視界がぼやけた。

「僕だって、怖いよ。そんな重荷を一人で背負う事なんて、出来ない」
「ハリー…ごめんなさい…」

一番恐ろしかったのは、ハリーに打ち明ける事だった。私がしくじらなければ、ハリーは”普通”の生活を送る事が出来ていたかもしれないのに。そう考えては衝動に駈られ、益々恐怖へと変化していく。

「ここで、こうなる事は決まっていた事なんだよね?」
「え、ええ…でも、私が干渉した事によって、色々変わってしまったから…」
「それは、例えば?」
「シリウスが無罪になった事、リーマスがここに残っている事、セドリックが、ヴォルデモートに殺されなくて済む事…とか、かな」
「シリウスは、有罪に?」
「…本当は、叫びの屋敷でピーターが逃げてしまって、シリウスの無実が証明されないまま、また逃亡生活を送る事に、」
「コウキ」
「…?」
「ありがとう、すごく嬉しいよ。君が、僕におじさんを残してくれたんだ」
「そんな、」
「僕、これでおじさんまでいなかったら…どうなるかわからなかった」

ハリーの強い心に、私の鍍金が剥がれていくようだった。私は一体何をしていたのだ、今まで。

「ごめ、ん…私が、あんなところでっ…消えてなければ…っ!ジェームズと、リリーも…っ!」
「ずっとそうやって、考えてたの…?」
「ごめん、なさ…っ」
「コウキ、もういいんだ。お願いだよ、誰も、君を責めたりなんてしないんだ…!」

私は、最低だ。こんなの卑怯だ。泣きたいのは嘆きたいのはハリーの方だというのに。自分の存在から逃げ回り、受けとめる事が出来なかったというのに。

「ハリーが、幸せになれるようにって、思って…私じゃ、変えられなかった」
「自分を責めないでよコウキ、悪いのは君じゃなくてヴォルデモートなんだ」
「っ…だからね、絶対にハリーを守ろうと思ってる。私を踏み台にしてくれて構わない、絶対に死なないで、絶対にヴォルデモートを勝ち抜いて」
「うん…わかった。コウキ、行こう」

そう強く言ったハリーに手を引かれ、同時に優勝杯を握った。



―――…



なんだろう。この気持ちは、この苦しさは、この虚しさは。この…使命感は。

「いっ!」
「うっ…だ、大丈夫…?」
「さっき突っ込んだ時に足も捻ったんだ…」
「コウキ、ヴォルデモートはいつくるの…?」
「…すぐ、来る」

すぐ後ろには墓石。
ざわざわと不穏な空気が流れている。

「っあああ!」
「コウキ!?」
「っ…うあ、あ…や、やめ、てっ…!」

自分に何が起こっているかを理解する事が出来なかった。ただひたすらに襲い来る頭痛と恐怖に押しつぶされ、頭がおかしくなりそうだ。

「コウキ!」

ハリーの声すらも遠く聞こえる。
私の中の全てが、体から引っ張られていく。

「いや…いや、っ―――!」



―――…


先程までの圧から急に解放され、思わず咳き込みながら膝を付いた。喉がひゅうひゅう音を鳴らし、うまく呼吸が出来ない。

「 」

真っ白な世界で、誰かが呼んでいる。
ゆっくりと呼吸を整え涙を拭った。見回しても私の他に何も無いが、私を呼ぶ声だけが遠くから響いている。ただただ真っ白な空間に一筋の揺めきが見えた気がして、目を細めた。

「あの子を…お願い」
「貴女は…」
「伝えてくれて、ありがとう。私と同じ魂の貴女だけに―――もう一つ願いを」
「え?」
「私じゃ…あの子を止められなかったから…」
「どう、いう…」
「同じ…貴女は―――」



「うわあああ!」

真っ白な世界から一転、一気に暗いリトルハングルトンへ戻ってきた。目が慣れず暗闇の中を振り替えると、もう一度ハリーの絶叫が谺した。

「ハリー!」
「コウキっ…!」

身体が動かず辺りを見渡すと、墓を挟み私とハリーが縛り付けられている事が分かった。
ぞわりとした冷気を背後に感じ目を凝らすと、ハリーの前にカルカロフが迫り立っている。その目は虚ろだ。多分服従の呪文をかけられているのだろう。
その手には肉片のような―――ヴォルデモートが。

「ヴォルデモート!」
「コウキ…うあ、」

額の傷が痛むのだろう。ハリーを助けようと必死に縄を解こうとするが上手くいかない。ポケットに入っている杖にも手が届かず、一旦動きを止め方法を考えた。もう一度振り向けば、本当はワームテールがするはずだった儀式をカルカロフが始めようとしている。
このままではハリーを守る事も出来ない。優先すべきは真実よりもハリーの命だ。

「ち、くしょうっ…外れろ!」

私の叫び声と共に、力が放出され縄に裂目が入る。銀色の狼が縄を噛み契り、私の中に消えた。
すぐさま縄を抜けハリーの前へと転がり出、未だ絡み付いていた縄を手で引き千切った。

「ハリー、逃げて!」
「コウキ、後ろ!」
「ぐっ―――…!」

金属が身体を貫くのを感じた。冷たい刃物の切っ先が腹部から顔を出している。

「ぐ、っふ…」

視界がチカチカと散り、口から血が溢れ、脂汗が噴き出した。深く刺されたその刃はハリーにまでも掠め、その血を奪われた。

「…長く、待たせたな」

その声はまさしく、この世に恐怖を掻き立てるヴォルデモート。

奴が、復活した。

prev / next

戻る

[ 67/126 ]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -