あなたとわたし
「ハリー、時間だね」
「…行こうか」
アルバスの声が大広間に響き、
三大魔法学校対抗試合、最後の第3の課題が間も無く開始する事を告げた。
私とハリーが立ちあがると、グリフィンドール席の皆が拍手と声援をくれる。
びりびりと響く音が遠くに聞こえるほど、私は気が昂ぶっていた。
代表選手は列を成したまま静かに大広間を出て、クィディッチ闘技場へと向かった。
そこはクィディッチ闘技場だったとは思え無い程、生垣が高く聳え立っている。
これが私を迎える、私が立ち向かうべき壁であるのだと低く唸った。
マクゴナガル先生の説明を聞き、スタート位置に着く。
スタートの順番はハリー、私、クラム、デラクールだ。
歓声の中、自分の心臓の音だけが響いて聞こえる。
深呼吸して入ってきたこの慣れた空気を―――もう一度、吸う事が出来るように。
「では、コウキ・ダンブルドア!」
バグマンがホイッスルを吹き、私は生い茂った生垣の中へと身をねじ込む。中は真っ暗だ。
「…ルーモス」
杖で光を灯すが、それでもある程度の足場しか映さない。真っ直ぐ、駆けるように前へ進むと、すぐに分かれ道が見えた。
左右にくねくねと曲がりながら、不思議な感覚に首を捻る。
何かが、私を導いている。
―――蘇れ
「コウキ!」
「ハリー!ど、どうしたの?」
曲がり角でばったり会ったハリーに腕を掴まれ引っ張られた。
ハリーがやってきた方向からは、誰かの足音が聞こえる。
「クラムが…っ」
「クラム?クラムがどうかしたの?」
「フラーに、磔の呪文を!」
ハリーがそう言ったと同時だろうか。後ろから光線が飛び、私とハリーの間を切り裂いた。
「クラム!」
「クルーシオ!」
「くそっ…」
容赦なく呪文を唱えてくるクラムに、私とハリーの呪文が同時に当たった。
その場に倒れ、ピクリとも動く事は無かった。
本気だった私達の失神呪文が同時に当たったのだ、大層な威力だろう。
痛いほどの静寂を払うように一呼吸起き、目の前で起こった事の整理をする為にハリーの方へ向き直った。
「…デラクールは?」
「逃げる前にクラムに武装解除呪文をかけて、その内に火花をあげておいたんだけど…」
「じゃあ大丈夫ね…ここにも、あげておこう」
「うん。折角クラムから杖を奪ったのに、落しちゃったんだ、僕」
「そういう事もあるよ」
火花を上げ、もう一度少しだけその場に立ち尽くす。
クラムの様子はおかしかった。これが彼の意思で行われた事だとは到底考えられない。
だとしたら―――
恐怖か、不安か、武者震いか。
私は守るべきものの手を離すべきではない。
これで、代表選手は私とハリーだけになった。
「コウキ?行こう」
「あ…うん、そうだね」
ハリーと自然に手が繋がれ、そこからお互いの不安と恐怖が入れ混じった。
この世界に、二人だけ。
それはまるで絶望の世界に取り残されたかのような、目が眩むような状況だった。
しばらく歩いて、再び分かれ道が見えた。
「コウキ、負けないよ?」
「ハリー、」
お互いを高め合うように励ましの言葉を添え、ハリーは私の手を離した。
取り残された私の手は宙を掻き、伸ばした先には駆け足で先を急ぐハリーの後ろ姿。
大丈夫だ。ここはまだアルバスがいると言い聞かせ、ハリーが選ばなかった道へ向け足を踏み出した。
ぞわっとする悪寒に驚き、ずっと前方へ目を凝らす。
その先に居たのは、
「私…」
私が、にたりと笑って立っている。
「どう、して」
その姿を見て、一番に思いついたのはヴォルデモートだった。“あれ”を作ったのは、奴だ。
しかし、過った嫌な予感を振り切り杖を前に向ける。
「リディクラス!」
そう叫んですぐに、私の姿を模ったボガートは消えた。
―――私が一番恐れているものは、私自身だったのか。
失笑が洩れ、肩を落とす。
私が、私を恐れていては何も始まらないではないか。
不思議な事に、後にも先にも仕掛けに出会ったのはそれだけだった。
私の目の前に誰かが立ち、誰かが私の手を引っ張っり導いているかのように進んで行く。
大きく開かれた分かれ道が、最後を示しているようだった。
少し迷って左の道へ足を踏み出した、瞬間。
「わあ!」
ぐい、と後ろへ引かれ思わず尻餅をついてしまった。
「いった…なに―――」
思わず言葉が詰まった。
音にならなかった声が息となり口から抜けていく。
振り向いた先にいたのは、あまりにも輝かしくて、直視することさえままならない、神々しい、何か。
「だ、れ…?」
顔がよく見えない。口元だけが、薄らと形になっている。背丈や髪の長さ、華奢な体つきからしてきっと女性だろう。
その姿形は何処かで見た事のあるような―――
「あなたは、だれ?」
再び呟いた私の声に答えようとしてくれているのか、口元が少しだけ動くが、聞き取る事は出来なかった。
わからない、と言った私の声に悲しそうに顔を歪ませて、また寂しげに微笑む。
どうしてかこの浮遊体が、先生の仕掛けには見えなかった。
「私をここまで導いていたのは、貴女?」
にこりと笑って、肯定を表した。
そして、ゆっくりと私が選ばなかった右手の道を指差す。
「そっちに、優勝杯が?」
こくりと頷いてそのの道へと消えた。
「あ、待って!」
急いで起き上がり追いかけたが、もう姿は見えなかった。
背中を押された気がして振り向くが、そこにも誰もいない。
一度深呼吸をして一歩を踏み出した時、
―――あの子を、お願い
確かにそう聞こえた。
「もしかして―――」
頭を過った人物を心に秘め、私は一本道を走った。
段々と広がって行く道の先には開けた場所、優勝杯のある台座が見えた。
ばさばさと大きな音と共に、今来た道を段々塞いで行く生垣。このまま追いつかれたら、飲み込まれる。
もう疲れて動きが鈍くなった足に鞭打ち、全速力で走った。
あと少し、もう少し―――…!
一瞬、生垣が足をすくい、思いきり頭から地面に吹っ飛んだ。
「っ!?」
「いっ…!」
突然訪れた痛みに声にならない声が抜ける。
しかし、同時に聞こえた声に顔を上げると、超近距離にハリーがいた。
「ハリー…!」
「コウキ…い、痛いよ…」
ハリーの吹っ飛んできたであろう方向を見ると、私が通った道と同じように一ヶ所だけ生垣がわさわさと動いていた。
どうやら、私と同じ目に会ったようだ。
「ああ…大丈夫?」
「うん、何とか…」
ハリーの目にも、私の目にも堪え切れない涙が溢れていた。
そんな表情に思わず笑うが、その振動で再び頭に激痛が走り、またもや地面に頭を摩り付ける。
「遂に、来たね」
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