見守る人

あの日からムーディを見る度に嫌な汗が流れ、名前を呼ばれる度に身体が強張る。

監視されているような視線は、どんなに足掻いても抜け出す事は出来なかった。稀に感じる、切っ先を向けられているかのような冷たい殺意。命を惜しみヴォルデモートに屈した人は、これに耐えられなかったのだろう。

「―――っ!」
「コウキ!」
「っつ…だ、大丈夫…」
「ごめんコウキ、合図も無しに…」
「私こそ余所見してたから、もう大丈夫だよ」

今はハリーの呪文練習に付き合っている最中だ。
最初は私の足元を掬うだけだったが、段々コツを掴んできたのか、今の失神呪文はピリピリと感覚を鈍らせた。私やハリーに必要なのは、強い心と力だ。

練習を終え、ハーマイオニーと共に授業に向かった。まだ教室内に人は疎らで、今日の練習の成果を羊皮紙に書き込んでおこうと鞄を漁る。

「ねえコウキ…何かあったの?」
「うん?どうして?」
「この間から、様子が変よ?思いつめてる感じで」
「あー、うーん…」

察しの良い友人達と毎日行動を共にしているのだ。私の行動に違和感を生んでしまえば、それはすぐに疑問となる。

「ヴォルデモートの事とかね」
「何か、感じるの?」
「何れ向き合わないといけないから。まだ、大丈夫」
「私も、ついているからね?一人で苦しまないで」
「ありがとうハーマイオニー、嬉しいよ」

大切なものを無くす悲しみを知り、大切なものを置いて逝く苦しさを知った自分。大切なものが増える度に、私の中に恐怖が生まれる。

「っ…!」
「コウキ?」

耳鳴りと、頭の中で何かが弾ける音。まるであの時…目の前で殺されたあの子を見ていた時のような頭痛に襲われた。

「ハーマイオニー、アルバスの所に行ってくる」
「え?」
「お腹痛い振りするから、後はよろしく」
「コウキ!」

丁度教室に入ってきた先生に医務室へ行くと告げ、急いでアルバスのもとへと向かった。夢の話をしよう。それが解決にならずとも、頭の整理が出来そうだから。

ガーゴイル像の前まで来た時、勝手に脇へ飛びのき、扉が開いた。階段の先にある扉に近付くと、中からアルバスとハリーの声が聞こえる。

「バグマンはあれ以来、一度も闇の活動で罪にとわれた事は無い」

ハリーが憂いの篩を覗いてしまった所だろうか。
行き場を無くした手が宙をさ迷う。

「あの…スネイプ先生は」
「スネイプ先生もじゃよ。ハリー」
「先生は…ヴォルデモートに従うのをやめたんですか?」
「ハリー、これは、わしと先生の問題じゃ」
「すいません…」
「先生については―――もっと理解している人がいるじゃろう。のう、コウキ?」

ゆっくりと扉を開いて顔を覗かせる。

「盗み聞きをするつもりじゃ無かったのだけど」
「コウキ、全然気が付かなかったよ」
「どうかしたかの?」
「アルバスに話が」
「あ、じゃあ僕もう行きます―――ありがとうございました」

ハリーを見送り、椅子に腰掛けた。

「何があったのじゃ?」
「少し―――夢を」

今まで見てきた夢とリドルの話。目の前で殺された子供の話。再び訪れようとしている、ヴォルデモートへの不安。

「自分が何者なのかがわからない事が、こんなにも自分を追い詰めるとは…思わなかった」
「人は皆、自分の中に計り知れない何かを持っているものじゃよ」
「そんなに全てを抱え込める程、出来た人間じゃないのに」
「コウキでなければ、またここに帰って来てはおらんじゃろう?」
「そう、なのかな」

深い溜め息を吐くと、フォークスがゆっくり私の膝の上に降りて来た。小さい頃、私をあやすのはフォークスの役目だった。その美しい姿に、子供ながら見とれていたのを思い出す。

「私、どんなに普通の人間じゃなかったとしても、生きて人生を真っ当したい」
「そうじゃの」
「だから、戦う。負けない、恐れない」

急に立ち上がった私に驚いて、天井をぐるりと一周したフォークスが次は肩に乗った。

「どうしたのフォークス?」

いつもなら止まり木へ戻るのに、今日ばかりは私から離れなかった。

「どうしよう、アルバス」
「フォークスの気が済むまで連れていっても構わんぞ」
「一緒に行く?」

そう問うと、フォークスが頬に頭を摺り寄せたのでそのまま連れて行く事にした。

「じゃあ、またねアルバス」
「第3の課題、幸運を祈っておるぞ。ハリーにも伝えておいてくれんかの」
「わかった。ありがとう」

もう授業も無い。ここ数日心配をかけるのが嫌で、あまり会っていなかったリーマスの部屋へと向かう。
その道すがら、すれ違う誰もがフォークスを見て驚いたり喜んだりしていた。お上品に佇むフォークスは決して愛想が良い訳では無いが、そう拝める存在では無い。いつの間にか人だかりを作ってしまった為、急ぎ足でリーマスの部屋へ飛び込んだ。

「やあ、コウキ」
「今大丈夫?」
「ああ、座って」

久し振りのこの空気を多く感じようと深呼吸をする。

「どうしたの?フォークス」
「さっきアルバスの部屋に行ったら着いてきちゃって、離れないの」
「きっと、君の事が心配だったんだろう。ね、フォークス」
「え?」

リーマスに嘴を撫でられ、フォークスが一鳴きした。

「最近元気が無かったろう?」
「…そうかも」

ソファに座ると、いつもの様に紅茶が用意される。その光景を見る度、いつもの場所に帰ってきたのだと実感する。私の居場所は、ここなのだと。

「第3の課題は、大丈夫?」
「まあ、何とかなるでしょ」
「ん、君らしい」
「…馬鹿にされた?」
「はは、してないよ」

いくつか役に立ちそうな魔法を教えてもらい、試す。さすが防衛術の先生だ、呪文はすんなりと頭に入った。

「ねえリーマス」
「なんだい?」
「第3の課題が終わって、ちゃんと戻ってこれた時…」

最悪の光景を否定する様に頭を振り、一呼吸置く。次は絶対に負けない。必ずこの姿のまま、ここへ戻って来る。

「きっと立ちも動きも出来ないだろうから、一番に助けにきてね」
「わかった」

そう言って扉に手を掛けた時、ぐいと肩を抱き寄せられ、軽く唇が触れ合った。

「なっ!?」
「最近甘いもの不足でね」
「っ―――な、に、もう!」

顔が真っ赤になるのがわかり、初な反応をしてしまった事が心底恥ずかしい。完全に油断をしていた為、へなへなと腰を落とす。

「だ、誰かきたらどうするの!」
「大丈夫だよ」

にこりと笑って顎の先が示したのは、がっちりとノブを掴んでいるリーマスの手だった。

「そう言う問題かっ!」
「もう一回する?」
「盛るんじゃない」

逃げるように扉を開けると、私の頭を蹴り我先にと出ていくフォークス。嬉しそうな声色で鳴いて、アルバスの部屋の方へと飛んで行った。

「結局何がしたかったんだあの鳥は!」
「君が元気になって安心したんだろう。フォークスだってずっと君を見守ってきたのだから」
「鳥類にまで心配掛けるなんて、泣ける」

今日は皆に元気付けられた1日だった。
うじうじしているのなんて、私らしくない。また一歩、大きく前へと足を踏み出した。

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