急がば回れ

厨房の扉が開き、酷く顔色の悪いおばさんが顔を出した。おじさんの傍にいながらも、相当な不安が襲っていたのだろう。私達の顔を見渡し、おばさんは力無く微笑んだ。

「大丈夫ですよ。今は眠っています。ビルがついているわ」
「よかった…」

その声を聞いた私達は、一斉に力を抜いてへたりと座り込む。シリウスが立ちあがり、嬉しそうな顔で朝食の準備を始めたので、私とハリーはシリウスに続いた。

「ハリー、コウキ!」
「あ、おばさん…」

私とハリーは思わずびくりと身体を揺らした。おばさんに何を言われるかと内心びくびくしていたのだ。

「貴方達がいなかったらどうなっていたかわからないわ、本当にありがとう…」
「いいえ、私は何も…」
「ダンブルドアも、アーサーがなぜあそこにいたかをうまく言い繕う事ができたわ、シリウスも、一晩中子供達を見ていてくれてありがとう」
「いいや、役に立てて嬉しいよ」

普段はどこかシリウスを遠目に見ているおばさんだったが、今回ばかりは心から手を取り合っている。確かに、ハリーに冒険ばかりさせたがるシリウスと、子供を手厚く育ててきたおばさんでは教育方針が違うのだから、意見の相違が起こっても仕方無いのだが。

「クリスマスも、ここでやったらいい。大人数の方が楽しい」
「ええ、そうさせてもらうわ、ありがとう!」

二人がにっこりと笑い合い、朝食の準備を始めた。
一晩中起きていた面々が眠りにつこうと各々部屋に別れていく。私は皆が寝静まった頃、ハリーが寝ている部屋を訪れた。

「コウキ?」
「やっぱり起きてた」
「どうしたの?…眠れない?」
「まだ寝ない?なら、少し話さない?」
「うん、僕も、君と話がしたかったんだ」

丁度良かった、と言ってベッドから降りたハリーと二人で私に与えられた部屋に入った。

「ハリーがあの光景を見ていた時、女の人はいた?」
「あ、うん…いたけれど、でも…」
「うん、わかってるよ。私はその女の人の中にいたの。彼女は私の先祖というか、生まれ変わりというか」
「あの人が…僕、蛇の中にいたんだ…僕が、あの人を、おじさんを」
「違う、あの蛇はヴォルデモートよ、ヴォルデモートが蛇を支配していたの。血を分けた時の事で…お互いの意識を共有してる」
「前にも…そんなような事、言ってたよね」

そう呟き、俯くハリー。
宿敵と意識を共有するなんて、全く気分のいい話では無い。

「僕、ダンブルドアを襲いたくなったんだ」
「それはもちろん、ヴォルデモートの意志よ。ハリーの内に秘める物では無い」
「…シリウスに言っても、信じてもらえなかったんだ」
「信じてない訳じゃない。ハリーを不安にさせたくなかったんだよ。シリウスなりの優しさだと思って、ね?」
「…でも、寝たらいつかまた誰かを襲うんじゃないかって」

隣に座るハリーを引き寄せ、抱き締めた。己の知らない所で、その手が大切な人を傷付けるかもしれない。底知れない不安は心を蝕んでいくのだ。

「貴方はここにいる。私は、貴方に本当の事を伝える事で、その試練を乗り越えて欲しいと思ってる。真実を知る事が一概にも正しいと言え無い事も、わかってるわ」
「…うん」
「人は私を無責任だと言うかもしれない。でも、私はハリーを見捨てたりなんてしない。どんな苦難が待ち受けようと、一緒に歩んでいくつもりよ」

不安に押し潰されそうな背中をあやすようにゆっくり撫でると、膝の上で固く握られていた拳が緩み、私の背に回った。

「弱った心はつけ込まれる。今は休んだ方がいいよ。私はここにいるから、安心して」
「それじゃあ、コウキが寝れないよ」
「私は寝なくても大丈夫だから。さ、ほら」
「うん…おやすみ…」
「おやすみ、ハリー」

不安な気持ちは、心を無防備にする。今までもこれからも、ハリーに待ち受けるのは辛い出来事ばかりだが、耐えなければならない。今までそれを耐え抜いてきたハリーに、これ以上の試練が待ち受けているのだから、シリウスもアルバスも気が気じゃないだろう。

「―――コウキ」
「うん?」
「ありがとう」
「…ううん」

ハリーは魘される事無く、ゆっくりと静かな寝息をたてた。

私が手にすべきは、人を守る盾か、先陣を切る為の矛か―――。



「ほれ、そこだ」

ムーディが赤レンガの大きなデパートの前でそう言った。
翌日、私達は聖マンゴへと向かっていた。ここはその入り口だ。いくらマグルの目から隠すための場所でも、酷い有り様のデパートをずっと置いておく方が私は気になって仕方ないのだが…私だけなのだろうか。

「コウキ、ハリーも、さあ入って」
「でも、最初は家族だけの方がいいんじゃ…」
「遠慮しないで、アーサーが二人にお礼を言いたいの」

通された病室は狭く薄暗い。何だか逆に身体に悪い気がする。並ぶベッド一番奥で、おじさんが身体を起こしていた。

「やあ!よく来たね」
「アーサー、具合はどう?まだあまり顔色がよくないわ。寝ていなくちゃ」
「気分は上々だよ。包帯が取れれば家に帰れるんだが」
「なんで包帯が取れないんだい?」
「包帯を取ろうとするとどっと出血する。蛇の牙に傷口が塞がらないようにする特殊な毒が塗ってあったらしいんだ」
「解毒剤は見つからないの?」
「いいや、必ず見つかるはずだと言っていたよ」

顔色は優れないが、いつもと変わらない笑顔を見せる。無事のようでほっと胸を撫で下ろした。

「コウキ」
「はい?」

おじさんはにっこりとした目を少し落し、顎を向い側のベッドへ向けた。

「回復の見込みが十分にある私はまだいい。あそこの人は、狼人間に噛まれたんだ。かわいそうに。治療のしようがない」

そちらに視線を持っていくと、蒼ざめて気分が悪そうな魔法使いが天井を見つめていた。絶望に支配された表情だ。

「今朝、ヒーラーの人があの人に話していたよ。ほとんど普段通りの生活を送れるようになるからと、説得しようとしていた。私も教えてやったよ、名前はもちろん伏せたが、立派な魔法使いで、自分の状況を管理している狼人間を個人的に一人知っているとね」
「そしたら、何て?」
「黙らないと噛みついてやるって言ったよ」
「コウキ、後で話してみたら?」
「…そう、だね」

世界中の人狼を救う程の力は無い。私では、きっとあの人の力にはなれないだろう。けれど、前向きに生きてくれたらと思う。そんな世界を私達が作れたのなら。

「それで、パパ、何があったのか教えてくれる?」
「いや、もう知っているんだろう?」
「パパが襲われた時、どこにいたの?」
「おまえには関係のないことだ」
「パパは任務中だったんだ、護衛をしていたんでしょう?武器だよね『例のあの人』が探してるっていうやつ?」
「ジョージ、お黙り!」
「『例のあの人』が蛇を持っているって、ハリー言ってなかったか?『あの人』が復活した時に」
「いい加減になさい」

おばさんはそう言って、私以外の子供達を病室の外へやり、ムーディとトンクスを中に招いた。

「今回はあなたも話に加わってもらっていいかしら」
「ええ、構いません」

そう言うとおばさんはにっこり笑ってみんなにイスを出した。最初に言葉を発したのはトンクス。

「蛇は見つからなかったらしいよ。消えちゃったみたい。だけど、『例のあの人』は蛇が中に入れるとは期待してなかったはずだよね?」
「わしの考えでは、蛇を偵察に送り込んだのだろう。これから立ち向かうべきものを、よりはっきり見ておこうとしたのだろう。それで、ポッターは一部始終を見たと言っておるのだな?」
「ええ。コウキは、どう見たの?」
「私はこの力を持っていた過去の人が教えてくれたの。幽体離脱みたいな」
「アーサーには見えてなかったのよね?」
「私にしか見えないと思う」
「ねえ、ダンブルドアはハリーがこんなことを見るのを、まるで待ち構えていたような様子なの」
「うむ。あのポッター坊主は何かおかしい」
「ちょっと」

少しは違う言い方をしてくれても、と息を吐く。

「アルバスは、他に何か?」
「二人を心配していたわ」
「無論、心配しておるわ。お前は別として、あの坊主は『例のあの人』の蛇の内側から事を見ておる。それが何を意味するか、ポッターは当然気づいておらぬ。しかし、もし『例のあの人』がポッターに取り憑いておるなら、」
「ムーディ、それは違う」

嫌な予感に襲われ、ムーディを遮ったまま病室を出た。扉の前には、耳から紐が垂れている子供達。『伸び耳』だ。これを使って私達の会話を聞いていたのだろう。

「…コウキ」

地下鉄の中でも、屋敷に帰ってきてからも、ハリーは一言も喋らなかった。ハリーが今何を思い、何をしようとしているのかわかっているつもりだったが、私は何も言わず、人工的な灯りに照らされた窓の外を見ていた。

ハリー達が聞き耳を立てていた事をおばさん達は気付いていない。顔色の悪いハリーの心配をしていた。昨日私が言った事を、ハリーは嘘だと思うだろうか?

それにしても、聞き方が悪かった。あの場の全員が同じ話を聞いていた、それにあのムーディの言い方だ。かなりのショックを受けたに違いない。

「ねえ、コウキ…」
「ん?なあに?ジニー」
「ハリーは…」
「うん、そうだなあ。少し自虐的な所があるからね。きっと今私達の誰かがハリーに声をかけても、応えてはくれないと思うよ」
「でも、コウキなら」
「私は勿論、いつだってハリーの味方。でもね、その時を待とうと思って」
「その時って?」
「ハリーが、自分から私達のところへ来る時よ」

1日経ったが、それでもハリーは部屋に閉じこもりっぱなしだった。今はゆっくり寝かせてあげようと言い、シリウスは人一倍上機嫌にクリスマスの飾りつけをしていた。
ロンやジニーだけでなく、フレッド、ジョージもハリーの様子を見に行ったが、無反応ですっかり寝ている様子だったそうだ。

夕方の6時頃、玄関の呼び鈴が鳴り、ハーマイオニーがやってきた。

「なんだか久しぶりだわ、コウキ、大丈夫だった?」
「ええ、ごめんね。何も言わずに…」
「いいのよ、ダンブルドアにあなたも大変だったと聞いたから。えーと…ハリーは?」
「上の階に閉じこもっちゃってるの」
「聖マンゴから帰ってから、ずっと僕らを避けてるんだ」

聖マンゴで盗み聞きした内容をロンとジニーが話すと、ハーマイオニーは上の階へと向かった。続いてロンとジニーがハリーの部屋へと向かったが、私はシリウスと一緒にクリスマスソングの替え歌を歌い、ビッグバーグに餌を持って行った。

「コウキ、」
「ハリー、気持ちは落ち着いた?」
「…ごめん、僕」
「待ってたよ」

微笑んだハリーの手を取り、屋敷の掃除と飾り付けを始めた。傍に居ること、そしていつでも待っている事。ゆっくりでいいから、ハリーに伝わればいい。

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