明日の為に

「よう、来たか!」

久しぶりに聞くハグリッドの声は明るく、夜遅くの訪問に対して怒ったりはしなさそうだ。

「ハグリッド!どうしたの、その顔…」
「なんでもねえ、なんでもねえったら!」

今しがた帰ってきたばかりの様子だが、ハグリッドの髪の毛はべっとりと血で塊まり、顔は紫色やどす黒い傷だらけ。そこらじゅう切り傷だらけで、まだ血が流れている部分もある。いつものように元気良く歩く姿は無く、身体を庇う歩き方から、どこか骨が折れているのだろうと思った。

「いったい何があったの?」
「言ったろうが、なんでもねえ」
「何でもないはず無いよ!」
「大丈夫だ、またおまえさん達に会えて嬉しいぞ」
「ハグリッド、襲われたんだろう!」
「なんでもねえったら!」

ハグリッドは頑なに拒否し、自分で傷の処置を始めた。

「何があったのか、話してくれる?」
「できねえ、ハリー、極秘だ。洩らしたらクビになっちまう」
「ハグリッド、巨人の所へ行ったんでしょう。ヴォルデモートが復活し、世界の破滅を防ぐために協力してくれ…そんな所ね」

私達にマグカップを渡し終え、驚いた表情で私を見た。

「…おまえさんがいる限り、隠すのは難しいみてえだな」
「もちろん。ここにいる限りは生徒らしくいるつもりだから」
「それで…見つけたの?」
「連中を見つけるのはそう難しくはねえ。でっけぇからな。それに、山にいる」

マダム・マクシームと共に巨人の群れへと協力を求めた事。最初はうまくいったかのように思えたが、巨人内で戦いが起き、また一からやり直しになった事。
戦いの中新しく出てきた頭は、こちらに友好的では無く、同じく巨人に会いに来ていた死食い人の方に興味を持っていた事。

「じゃあ…巨人の協力は期待できないみたいね」
「ああ。時が経ってダンブルドアが友好的だったっちゅう事を思い出してくれれば、その連中が来るかもしれん」
「そう…」
「だけど、どうしてそんなに怪我をしているのか、まだ説明してくれてないよ」
「それに、どうしてこんなに帰りが遅くなったんだい?シリウスが、マダム・マクシームはもう帰って来てるって言ってたのに」
「誰に襲われたんだい?」
「襲われたりしてねえ!俺は―――」

ハグリッドの言葉を遮ったのは、扉をノックする音だった。ハーマイオニーの持っていたマグカップが落下し、床で砕ける。扉に目を向けると、そのカーテンに揺らいでいる影が、あのガマガエルだという事を示した。

「アンブリッジ!」
「はやく、この中に!」
「ハグリッド、僕たちのマグカップを隠して!」

私達はハリーの透明マントに隠れ、部屋の隅で小さくなった。ハグリッドが扉を開けると、予想通りアンブリッジが立っていた。ハグリッドは今しがた帰ってきたばかり。アンブリッジの存在を知らなかったようだ。

「下手したら…いや、下手しなくても、ハグリッドが停職になっちゃう」
「絶対にアンブリッジはハグリッドを辞めさせるはずだよ」
「そうだね、混血が嫌いなアンブリッジにはハグリッドはトロール混ざりの半獣にでも見えてるんでしょ」
「私、ハグリッドの授業計画を作ってみるわ」
「その方がいいかも」

火曜日になり、ハーマイオニーの努力も空しく今日の授業は禁じられた森で行われた。内容は―――セストラル。他人の死を看取った者だけが見る事の出来る動物だ。

「さーて、こいつらが見えるもんは?」

そうハグリッドが言って手を挙げたのは、私とハリー、ネビル、スリザリンの子だった。

「…やっぱり、見える」
「私とハリーと奴の血は特別なんだろうね」
「ェヘン、ェヘン」

すぐ隣であの甘ったるい空咳が聞こえ、思わずハーマイオニーにぶつかってしまった。

「「あんのガマガエル!」」

授業が終わり、城へ帰る途中私とハーマイオニーは同時にそう吐いた。その後の授業は散々で、パーキンソンやマルフォイにやたらと嫌味な質問をふっかけ、ハグリッドの足場を思う存分悪くした。最後に見せた気味の悪い笑みは、ハグリッドに勝機が無い事を示しているだろう。



「…二人とも大変そうだね」
「…僕、監督生じゃなくてよかったかも」
「こんな事、リーマスもやってたんだなあ」
「あ、何か久しぶりに聞いたかも、先生の名前」
「本当?きっとハーマイオニーは毎日聞いてると思う」
「…女子じゃなくてよかった」

12月に入り、監督生の二人は本当に忙しそうだった。今月待ち受けるイベントはクリスマス。この広い城内にクリスマス用の飾り付けを施すのも監督生の仕事である。それに加えて1、2年生の見張り、廊下の見回り。私とハリーは、二人より一足先に大量に出されたレポートを片付けていた。

「コウキは…クリスマスどうするの?」
「私?まずはリーマスのところへ帰るよ」
「そっか…いいなあ、羨ましい」
「どうして?」
「何だよハリー、僕よりコウキと一緒にいたいの?」
「え?」
「君も一緒に僕の家に来るだろう!あれ、言ってなかった?」
「ロンは大事なとこ抜けてるのよ」

ハリーとロンは隠れ穴、私はリーマスの待つ家、ハーマイオニーは両親とスキーをしに旅行へ行くそうだ。

そして、今日はクリスマス前最後のDAの会合。

「それじゃあ、今日は今までの復習をします」
「新しい事は何もしないの?なんだよ、その事知ってたら来なかったのに…」
「あら、そう。じゃあ見本になってもらおうかな?ここで私に呪文をかけてくれる?」
「え!?」
「復習しなくてもいいって事は、もう完璧って事だよね?」
「ち、ちょっとコウキ…」

生意気に呟いたザカリアス・スミスが顔を真っ赤にして前へ出てきたが、その足は重たそうだ。

「それじゃ、失神術ね」
「本当にやらなきゃいけないの?」
「うん、出来るでしょ?」

きっと、今の顔はリーマスに負けず劣らず黒い笑みを貼り付けている事だろう。

「イ…インペディメンタ!」

ゆるりと飛んできた光線を杖で跳ね返す。さっと顔を青くするザカリアスに向け、武装解除を唱え杖を手にした所でわっと歓声が上がった。

「まだまだ、改善の余地はありそうね?」

習得科目前の生徒が、どんなに弱い力の魔法であろうが無言呪文で跳ね返せる訳がない。あれは実際高度な技術であって、簡単に習得出来る物では無いのだ。(私は出来るんだけど)それを目の当たりにしたメンバーが沸き上がるのは至極当然の事だった。

「君、ハーマイオニーもそうだけど…どうしてレイブンクローじゃなくて、グリフィンドールなんだい?」
「と、とりあえず、二人一組になって!始めは妨害の呪い、次に失神術!始め!」

ハリーの声で皆は意気揚々と練習を始めた。私のずば抜けた能力が、皆のやる気に繋がるならばそれに越した事は無い。
そして、私はもう根っからのグリフィンドールだから組分けをやり直しても、レイブンクローには行かないと思う!

「それじゃあ、今日の練習は終わり。休暇明けはもっと高度なものをやろうか」
「守護霊とかね」

興奮した様子のまま、いつも通り分かれて寮へと散るメンバー。そんな中、ゆっくりと戻る準備を進めるハリーを不審に思い見回すと、部屋の隅の方でお喋りに華を咲かせるチョウ・チャンがいた。そういう事かと悟った私は、先に部屋を出て一人廊下を歩き出した。

「コウキ!」
「セドリック。どうしたの?」
「ちょっと、いいかい?寮まで送るから、少し遠回りして戻らない?」

セドリックの言葉に頷き、いつもの近道とは違う道に反れた。

「DAの事で何か?」
「いや、違うんだ。えーと…そうだな、チョウの事なんだけど」
「あ…うん、」

ダンスパーティには二人で出ていたのだから、上手くやっているのかと思っていたのだが、どうやらそうでは無いらしい。セドリックの表情に影が掛かる。

「僕ら、別れたんだ」
「そう、なんだ」
「君とハリーって付き合ってるの?」
「え?いやいや、付き合ってないよ!一度も」

何だか不穏な雰囲気が漂ってきた。セドリックとは余り関わりが無かったものの、偶然顔を合わせれば会話を交わす程度には知り合いだ。そんな彼がこんな話を振ってくると言う事は。

「…チョウがね、ハリーの事を好きみたいなんだ」
「え、ええ?」

中々信じがたい話だ。つい最近まで仲良しこよしカップルだったように思えるのに、まさかチョウの心変わりだったとは。

「そ、それで…セドリックはどうしたいの?」
「僕?僕は…特にどうもないよ。だから、君とハリーが付き合ってるなら、と少し心配になってね」
「いや、まあ…それは無いんだけど…」

少し寂しそうに言うセドリックに、これ以上何て声をかけるべきか迷う。チョウとハリーは今まで接点が無かった筈だし、セドリックは私から見ても非の打ち所が無い素敵な人だ。
強いて言うならば、今話題の勇敢な戦士であるハリーに憧れているだけなのでは。いや、こう言ってはハリーに失礼か。勿論ハリーにもセドリックにも違った魅力があると言う意味だが。

「女心と秋の空って言葉があるんだけれどね」
「うん?」
「日本の句なんだけど、まあ、女心って言うのは移ろい易いと言うか。まだ若いんだし、目移りしてしまう事もあると思うんだ」

セドリックは、きっとこのまま素晴らしい魔法使いになる。短い人生ではなく、これから長く厳しい道を歩んでいくはずだ。…器は大きくあった方がいい。主観だけど。

「何だろ、だから、セドリックはセドリックの思う様にしたらいいんじゃないかな。今しか出来ない事、沢山あるよ」
「そんな卓越した言い方、まるで君が若くないみたいじゃないか」
「え?あ、ああ…色々見てきた、から?」
「君は不思議な人だ」
「はは、よく言われる」

セドリックの一歩前を進んでいた足が止まる。後ろで組んでいた手がセドリックによって掴まれたのだ。思わず振り向いた所で、真剣な眼差しとかち合った。

「セドリック…?」
「君は、僕を導いてくれる気がするんだ。会った時から、ずっとそう思っていた」
「何言ってるの。そんな訳無いじゃない」
「そうかな。コウキ、君は一体、」
「何をしている」

地を這うような低い声が廊下に響き、思わずセドリックの手を振り払う。あ、ごめん。

「…スネイプ先生」
「ダンブルドア」
「は、はい」
「用がある。付いて来い」
「わ、わかりました。それじゃ、セドリックまたね」

もう随分と静かになっている廊下に響く、セブルスの足音が恐怖を煽った。いや、私は何も悪い事はしていない。していないのに何故こんな苛々としたオーラを放たれなければならないのだ。

「何をしていた?」
「え?セドリックと立ち話を」
「そうじゃない。お前らは、集まって何をしている」
「え」

通されたセブルスの自室でまったり…とはいかず、私はソファで小さくなっていた。

「ああ、マンダンガスから筒抜けなのね」
「校則違反には違いない」
「大事な事だと思うから、止めないんでしょ?」
「危険な事はするな」
「うん。アルバスに迷惑が掛かるような事には、したくないから」

セブルスはじっとりとした視線を向けた後、奥の部屋へ向かいローブを翻した。ねちねちと言う事は言うが、あの場から助けてくれたのは間違いないだろう。正直あのまま詰め寄られてもどうしていいかわからなかった。

「最近優しいね」
「グリフィンドール10点減点」
「何でそうなった!?地獄耳か!」
「あと5分で消灯時間だ。それまでに自室に入っていないと更に減点するぞ」
「は?何で今言った!」

騒がしい音を立てながらセブルスの部屋を出た。ここは地下牢、グリフィンドール寮は塔の先。5分で着く訳が無い。

「あ、お礼言うの忘れた」

破り突き抜けてしまいそうだった太った婦人の前で急停止し、談話室に入った瞬間にタイムオーバー。
何とか間に合ったようだ。こればかりは自分を褒め称えたい。

「コウキ、どこまで行ってたの?」
「いやあ…途中でセブルスに捕まってね。で…ハリーはどうしたの?」
「チョウにキスされたんだってさ」
「…ええ!?」

今日は驚いてばかりだ。不自然に暖炉の前でボーっと立っているハリーの顔は紅潮していた。わかっていた事だが、随分初な反応を見せている。

「それで?」
「何も」
「え?キスされてそれで…そのまま?」
「そうみたいよ。チョウ、泣いてたらしいの」
「またまたどうして?」

何だか知っている気がする。多分映画館のスクリーンででかでかとその状況を目撃者したはずだ。

「きっと、セドリックと別れた事があったからじゃないかしら」
「セドリックはチョウの気変わりって言ってたけど」
「チョウが振ったのは、セドリックが意気地無しだからって」
「ええ?」
「本当に最近なんだけど、まあ倦怠期だったんじゃないかしら。チョウはハリーと居る所を見て嫉妬して欲しかったんだと思うの。でも、セドリックは何も言わなかったみたいで」
「お、おお…よく聞く話だ。セドリックの優しさに飽きたって事ね。流石秋の空」

学校生活で一々嫉妬していたらキリが無いだろうが、そういう事をしたくなる年頃なのもわかる。セドリックは本当に許されない事以外は駄目と言わず、黙認してくれそうなタイプにも見える。
きっと刺激が足りなくなったのだろう。これは中々どうにもハリーに勝機が薄いと感じるのは私だけだろうか。

「ところで、その小説、誰に書いてるんだ?」
「ビクトール」
「クラム?ああ、まだ文通続いてるんだ」

聞いた張本人のロンが、聞かなきゃよかったという表情で鼻を鳴らした。更にレポートをまとめる間、ずっと機嫌が悪そうにしていた。なんだよロンったらかわいいな。いつの間にやら私の回りには青春が溢れていたようだ。

「私はもう寝るわ」
「あ、私も」
「それじゃあ、おやすみ」
「ああ、おやすみ」

明日の教科を確認してからベッドに入り、枕を抱えて溜め息を吐いた。

「畜生リーマスに会いたいよ!」
「今日5回目」
「そんなに言った?」
「そんなに。…ま、変な心配はしなくてよさそうね」
「え?何が?」
「何でも無いわ」

ふふ、と笑ったハーマイオニーの声を聞きながら、私はゆっくり夢の世界へと落ちていった。

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