消えない痕
「コウキ、ハーマイオニー!」
「おはよう、ハリー、ロン」
「大変なんだ!」
休日も終わり、月曜日の朝。
ハリーとロンが真っ青な顔で私達を待っていた。二人に引っ張られ、着いた先は談話室の掲示板の前。
「教育令第二十四号?」
「この間集まった誰かがあいつに喋ったんだ!」
「それはないわ。誰かが秘密をばらさないように呪いをかけたんだもの」
内容は、生徒による3人以上の組織、団体、チーム、グループ、クラブを解散させ、それを再結成させる場合はアンブリッジに許可を貰わなければ退学になるというものだった。
「これ、クィディッチも入るんじゃないの?」
「え!?」
「ハリー、もうアンブリッジの前で癇癪起こしちゃ駄目だぜ?」
「わかった、わかったよ」
魔法史の授業が始まって間もなく、ふと視線を感じた。教室を見回してみたが特に異変は無い。読み飽きた教科書に目を移そうとしたその時、視界の角に何かが見えた。
「ちょっとハリー、ヘドウィグがいる」
「え!?」
ガクガクとハリーを揺らし窓を指さすと、やっと気付いてくれたとばかりにヘドウィグが目をぱちくりさせる。ハリーがこっそりヘドウィグのもとへ行き、連れてきたところで異変に気付いた。
「ヘドウィグ、怪我してる!」
「本当だ…先生!」
ハリーがそう言い席を立つと、ビンズ先生が面食らった顔をしていた。気分が悪いと言い、ヘドウィグを背中に隠し教室を出て行った。
「…ねえ、仮の話だよ?」
「どうしたの?」
「ホグワーツを行き来するふくろうが怪我をする事なんて滅多に無いの。誰かが故意にやらない限り…」
「それって…」
「誰かが手紙を奪おうとしたって事か?」
「…ありえなくは無いと思う。それも、私の勘じゃアンブリッジじゃないかって」
「え!」
そこで終業のベルが鳴り、私達3人は廊下で待っていたハリーと合流した。ハリーの手には「今日 同じ 時間 同じ 場所」と、書かれたシリウスの手紙。
「きっと、アンブリッジはハリーを狙ってる。正確には…シリウスの居場所を掴もうとしてるんじゃないかな」
「どうしてそんな事?シリウスの無実は証明されているのに」
「リーマスは人狼だという事を理由に消されそうになってる。二人とも、アルバスとの繋がりは予想出来る。アンブリッジは、アルバスを潰そうとしているんだから、その周辺から追い払うつもりなんでしょ」
「それを公式の場でやってのけようとするんだから、迷惑この上無いわね」
魔法薬学の教室へ向かう石段を降りている時、いつもの煽る声が聞こえてくる。
「グリフィンドールがプレイを続ける許可がもらえるかどうか、見物だねえ」
マルフォイが教室の前で、どこまでも聞こえるような大声で喋っていた。
「抑えて」
ハーマイオニーが哀願するように言った。私達が視界に入ったのか、マルフォイはニヤけた顔をもっと緩ませ続けた。
「父上がおっしゃるには、魔法省がポッターを聖マンゴ病院に送り込むのは時間の問題だって」
マルフォイがそう吐いた瞬間、私とハリーの間を何かが駆け抜けた。それがネビルだとわかった時には、もうネビルはマルフォイに殴り掛かる寸前だった。
「ネビル、やめろ!」
「ばか…!」
ハリーが手を伸ばすも、ネビルには届かず。次の瞬間にはクラッブとゴイルに殴り掛かられていた。
「やめなさい!」
「コウキ!」
「いやっ!駄目よ、コウキ!」
「っ―――」
ネビルを庇うように押し退けた私は、勢いにのったクラッブとゴイルに腹部を殴られた。二人の渾身のパンチを食らった私は吹っ飛ぶ事は耐えたものの、膝から床に落ち、体を折る。こんな物理攻撃を受けたのは初めてかもしれない、吐かなかっただけでも花丸をあげたい所だ。
「うっ……っ、」
「コウキ!」
「何事だ」
教室から出てきたセブルスが私のすぐ傍で立ち止まった。
「…ダンブルドア」
「セ―――…」
先程まで騒がしかった廊下も、いまやシンと静まり返っている。ハーマイオニーは私の痛みが伝わったのか、涙目でふるふると震えていた。
「…何をしている」
「この状況を見て、正しく理解出来ないのなら、それは―――教師失格では?」
腹部に手当て、襲う不快感。
ぬるりとした感触に思わず手を離した。
「ひっ!」
「ちち違う、それは知らない!やってない!」
「いやっコウキ!どうしましょう!」
ゴイル達がナイフを仕込んでいたので無ければ、あの傷が開いたのだろう。制服を汚染し、どろどろと血が染み渡っていく。お陰で手も血塗れだ。スプラッタは勘弁して欲しい。
「…授業の説明は黒板にある。今日は客人が来ている、しっかりとやっておけ」
生徒達を教室に入れ、扉が閉まったのを確認してからセブルスは私の腹部を診察し始めた。
「あの時のか」
「うん」
「痛みは」
「特に」
「ダンブルドアには」
「アー…言ってない」
ぎろりと睨まれ、私は不満気な表情を露にした。報告、連絡、相談。私が騎士団に入った時に口酸っぱく言われた言葉だ。
「呪いでしょ?」
「ああ」
「普通なら、慢性的な貧血やら出血多量やらで危ないかもしれないけど、私は問題ないし」
「そういう問題ではない」
セブルスに心配されると顔が緩む。申し訳無い事をしているのは重々承知で、周囲が胃を痛める原因である事も理解しているとここで一応弁解しておく。
だが、この男のそういった隠れた面を垣間見た時のこの、何だ、優越感だろうか。成長した弟を見た姉の心境と言った方が近いかもしれない。どうもだらしない笑顔が出てしまう。
「貴様は本当に人を苛立たせるのが上手いな」
「失礼。そんなつもりは」
ハンカチを宛がわれ、引っ張りあげられた。立ち上がった私をぺっと投げ捨てたが、手当てはしてくれるらしい。セブルスの自室に向け背中を押された。
「魔法省がお前を血眼で探しているぞ」
「どこまで追い詰めてくるかな。ルシウス・マルフォイは吐かないでしょう?」
「ああ。だが上手く立ち回らないとは言い切れないだろう」
「蜃気楼を追って隙を見せてくれれば万々歳ね」
ソファに寝かされ、傷口を調べるセブルス。気休め程度に血は止まったが、やはり傷を無くす方法は見付からなかったらしい。
「例えば、どんな思いで私を刺したか。狂気なら正気、興奮なら冷静。対するもので打ち勝つ事が出来ると思うんだけど」
「恐怖ならば」
「無いのよ」
言葉としても、感情としても。
恐怖に打ち勝てる物など無いのだ。
「でも前例がある」
「何だ」
「ハリーよ。ハリーと、リリー」
目を瞑り、二人を思い浮かべる。
「愛に勝るものはないと思うよ」
「ならばさっさとルーピンに見せればよかろう」
「そうなんだけどね。ちょっと利用出来る気がして」
「利用だと?」
「うん。ハリーと私とヴォルデモートは血で繋がった。ハリーとヴォルデモートは傷で繋がってる。もしかしたら、これも何かあるかも」
「大層なお転婆だ。少し休んで戻れ」
制服に付着した血を綺麗に消し、セブルスは授業へと戻っていった。
ソファで転がったまま、ガーゼが宛がわれた傷に手を遣る。ふと、一瞬視界が真っ白になった。驚いて瞬きを繰り返す内に、身体の中がふつふつと熱くなっていく。ぐにゃりと曲がる視界に吐き気まで加わり、浅く呼吸を繰り返す。
同じ体験をした事がある。
あの時だ。
身体が、段々消えて行ったあの時。
「これ、は」
ヴォルデモートが何か歓喜の表情を浮かべている。
大きな何かを企み、力を手に入れた。
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