届く距離にいてくれないと

「コウキ?」
「…ごめん、ハーマイオニー」
「あなたがそんな事言うなんて、よっぽどの事なんでしょう」

私は今、自室のベッドの中で丸くなっている。
ベッドの脇には、もう身支度を整えたハーマイオニー。急がなければ朝食に間に合わない時間だが、ベッドの中から出る気は起きない。

「後で、ちゃんと医務室行くから…」
「ええ。先生には言っておくわ」
「ありがとう」
「ううん、ゆっくり休んで」

仮病と言えば仮病なのかもしれないが、体が重く感じる。熱もなければ腹痛、頭痛がある訳でもない。だが、体が根を張ったように重い。

「あー…なんだろ、これ」

何がおかしいのか、何が足りないのか。体を動かす神経が切れているかのように、一つ一つの動作に違和感を覚える。手が、足がうまく動かない。



―――…



「―――」
「ん…?」
「コウキ、」
「誰?」
「私です」
「あ―――貴女は、という事は、ここは」
「そうです」

いつの間にか眠っていたのか、いや、昏睡状態だったか。遠くから聞こえる声に瞼を開くと、そこには何度も私を導いてくれたあの人がいた。

「勝手をお許し下さい」
「いえ、何かありましたか?」
「貴女の心が閉ざされたのを感じたので…私でよければお話をと」
「心が閉ざされた?」
「はい。私達の心は、強い悲しみや苦しみなど…負の感情が大きくなった時にそうなるのだと、伝えられています」
「もしかして身体が変だったのもそれと関係が?」
「それについてなのですが、貴女の力についてお話をしなければなりません」
「傀儡を作る力の?」
「はい。貴方は、私達が辿り着けなかった、完成された存在。傀儡を作る力、生命力を奪い与える力を持っています」

そろそろレベルがカンストしそうだ。毎度の事ながら、現実味の無いファンタジーな存在である。

「魔法を吸収する力は、生命力を奪う力なの?」
「魔力とは生命力。術を施した人間がこの世を去った場合、その術は効果を失う。与える力も然り、貴女の力が尽きる時まで、生命力を他人に与える事が出来ます」

私がリーマスやセブルスに残した力、それは私の生命力だったのか。だから、暖かさや安心感をもたらしていたのだろう。

「貴女は、その力を"貴女を想う人々に"残していた事で"魂の状態で人形を作る事は不可能"という私達の常識を覆したのです」
「なら、私がその力を持った理由は、」
「それが、今回貴女の体に異変が起きた原因―――心が閉じた事の理由です」
「と、いうと?」
「私達の力を完成させる引き金であり、源となる―――」

ごくりと生唾を飲む。私の体が自由を失った理由、心が閉じた理由。

「愛情です。想い、想われる心が、負の感情によって抑えられた」
「…えーと」
「私達の使命は一人で耐え凌げる物ではありません。共に歩む存在があって初めて乗り越えられると創始者は考えました」
「あ、ああ…リーマスがそんな事、言ってたなあ…」

何と恥ずかしい。まさかリーマス恋しさに身体が鈍っているとは。

「脆く儚い感情です。ですから、貴女の心が重く沈む程、得た力も失っていく。私達は、一人では成し得ない、とても不安定な存在のです」
「言われてみれば…アンブリッジの事とかで頭いっぱいな上に、リーマスに会えない不安や寂しさも…でも、愛情が足りてないなんて思ってなんか…」
「貴女がホグワーツを愛しているのは私も存じております。ですが、あの方の傍に居る事を、心が求めているのです。決して悪ではありません」

そんな事、誰にも言えない。だが私の心に棲むこの人達に嘘を付いても仕方の無い事だろう。心に寄り添う存在に安堵し、そして自分の貪欲さを嘆いた。

「貴女の存在は心により成り立っています。その暖かさを知った貴女が、それを求める事は不自然な事でも、間違った事でもありません」
「…そう、ですか…」

リーマスに会いたいという気持ちが、悲しい、辛い、苦しい、そう思う気持ちが―――私の力を、どこか深い底に閉じ込めてしまう。

「貴女が、生きていたいと―――そう願う限り、あの方の存在は、欠かせないのです。勿論、他に寄り添い合える存在が出来れば別ですが、」
「それは無いので、一度きりです」
「…はい」

にっこりと笑って返事を返してくれたその人は、本当に嬉しそうだった。それは、私の意思を表しているのだと感じた。

「長居を…させてしまいましたね」
「え?そうですか?」
「ここの時間の流れは気まぐれです。ここでの5分は、あちらでは一瞬だったり1時間だったり―――1週間だったりもするのです」
「え!大変だ、私、昏睡状態なのに」
「では」
「本当にありがとう!また、もし私の事でわからない事あったら、教えて下さい」
「私の全てを使って、お答えします」
「それじゃ―――っ!」

何度経験しても慣れない感覚。自分が自分の中から出て行くような不思議―――何で、ここを出て行く時だけこんな風になるのか。正に行きはよいよい帰りはつらい。そう思った時には、少し見なれた医務室の天井が視界に入った。

「―――っ」
「…コウキ」
「リ、…リーマス!?」
「コウキ!よかった、気が付いたんだね…」
「皆…ごめん―――っじゃなくて!何でリーマスが!」
「ダンブルドアに呼ばれたんだ。私の力が必要だってね。来てみれば君の意識が無い、だ」
「ご、ごめんね?私も不可抗力というか、急だったというか…」
「いや、何をしていたかはわかっていたよ」

リーマスはにっこり笑って私の頭を撫でた。優しく大きな手。何ヶ月も、何年も会っていなかった訳ではないのに、懐かしく感じるその暖かな手が、私の中を満たしていく。

「コウキ、私達行ってるわね。先生、お願いします」
「ああ、わかったよ」

手を動かしてみると、それはいつも通り軽やかに動く。リーマスが目の前に居るだけで、こんなに違うのか。

「コウキ」
「リーマス…っ」

手を伸ばした先に愛しい人が、心がある。私の命は他人が左右する。だが、それを握っているのがリーマスだと思うだけで、重たいはずの運命が、使命が軽くなるようだった。

「何があったんだい?」
「言葉に出すのもちょっと躊躇われるというか…恥ずかしいというか…」
「うん?」
「リーマスが、ね。ええと…その、傍に居ない、と言うか、あまり距離を起きすぎると、力が無くなっていく、と言うか、死んじゃう、と言うか」
「ぷ」
「なっ…笑っ…!?私は真剣に…!」
「ごめん、わかってる、わかってるよ」

必死に言葉を選んだと言うのに、当の本人は吹き出す始末だ。

「いや…ダンブルドアがとんでもなく急いでいたから、本当に何があったのかと思ったんだよ」
「とんでもない?」
「ああ。君が昏睡状態と聞いた時は驚いたけれど…あの世界に行っているという気がしたんだよ。だから安心した、のに」
「のに?」
「そんな事言われると思って無かったなあ…大丈夫。コウキはそんな理由で消えたりしないよ」
「…うん」

私は起き上がってリーマスの背中に手を回した。久し振りにリーマスの匂いで肺がいっぱいになる。ああ、幸せだなあと思うと同時に、心の扉が開いたような、そんな気がした。

「そういえば、リーマスはどうやってここへ?」
「ダンブルドアが屋敷まで姿現わしして、付き添い姿現わしでここに直行したんだ」
「アルバスの親バカも…見直した方がいいんじゃないかな…」
「お陰で君が元気になったのだから、それでいいさ。帰りは、正規の方法で帰るよ」
「すぐ帰っちゃうの?」
「私がここにいる事をアンブリッジに知られる前に姿をくらまさなきゃね」

リーマスは何時間もしない内に、長居をしてしまうと離れがたいと言って帰っていった。私は今後、出来るだけ安全なやり方でリーマスに会いに行く方法で考えなければならない。

私は3日間も寝ていたらしい。先程ロンがクィディッチのキーパーになったと報告に来てくれた。

さて、寝ていた分のアンブリッジの罰則を受けに行かなければ。

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