違うとびら

二時限続きの呪文学、変身術、魔法生物飼育学、薬草学。そして、アンブリッジの罰則。今日の予定はそんな感じ。

「ふああ…」
「コウキ!暇なら何かコツ教えてよ!」
「コツって言われても…消えろ!って思うことかなあ」
「思ってるよ!」
「よし頑張れ!」

OWLの重要性についての演説を聞いた後、私たちは消失呪文を始めた。ニ時間目の最後の方になっても、ロンとハリーのカタツムリは消えず。ハーマイオニーは三度目、私は一回でカタツムリを消した。

「なんだってコウキばっかり…」
「僻むなロン。私だって血が滲む程の努力をした結果なのだよ」
「でもさあ…」
「昔はハーマイオニーのように毎日図書館に通ってたよ。飽きる事なく勉強してたから」
「考えられない!」
「ロンもハリーも、本気で勉強したら出来るようになるって」
「簡単に言わないでよ!」

結局、その時間で消失呪文が出来たのはハーマイオニーと私だけだった。私達は宿題無しで、他の皆は明日の授業の為に練習するように言われた。

昼休みになると、私がトイレに行っている間にロンとハーマイオニーがまたも喧嘩をしたらしく、ハーマイオニーはどこかへ行ってしまっていた。

「次は何やらかしたの?」
「ハーマイオニーのしもべ妖精の為に縫ってる帽子が、帽子に見えないって言っただけさ」
「…それは女の子に対する暴言ね」
「どうしてだい?」
「だって、あれってハーマイオニーの手縫いでしょ?それを貶されたらどんなに傷付くか…そんな事言っちゃ駄目!」
「本当の事じゃないか」
「…あなた、もう少し女心を勉強した方がいいわよ。シリウスより性質が悪い」

ロンやハリーを、ジェームズ、シリウス、リーマスと比べると同じ15歳とは思え無かった。彼等は非常に女の扱いに長けていたと心底思う。ハリーも、もう少しジェームズのそういうところを貰っていてもよかったのに、まあ鈍いところもハリーの魅力かもしれない。

「みんな集まったかね?」

未だ戻らないハグリッドの代わりに来ているプランク先生の声が響く。外は冷たい風も吹いていて、体を縮こませている生徒が多かった。

「早速始めようかね。ここにあるのが何だか、名前がわかる者はいるかい?」

積まれた小枝を指し、そう問い掛けると真っ先にハーマイオニーの手が伸びる。輪の後ろの方にいた私は、ハーマイオニーの手を目指し輪の中へ入って行こうとした。

しかし、その後ろでマルフォイがバカをやっていたので小石を軽く蹴飛ばす。丁度頭にぶつかり、きょろきょろするマルフォイを見て、私達は笑いを堪えるのに必死になった。何が起こったのかわからないという様に辺りを見回すマルフォイの横を、何気ない顔で通り過ぎハーマイオニーの横に並んだ。

「ドラコ、大丈夫!?」

そんな声が後ろから聞こえ、振り向いた時にはその声は悲鳴に変わり再度前を向くと、積まれていた小枝が木で出来たピクシー妖精のような姿に変貌していた。

「女生徒たち、声を低くしとくれ!さてと―――ミス・グレンジャー?」
「ボウトラックルです。木の守番で、普通は杖に使う木に棲んでいます」
「グリフィンドールに5点。何を食べるか知っている者は?」
「はい!」
「ミス・ダンブルドア」
「ワラジムシ。でも、手に入るなら妖精の卵」
「よくできた。もう5点」

横取りされた気分だったのか、ハーマイオニーがもう、と声を洩らしたのを聞いて、意地悪く笑った。
ボウトラックルの説明を聞いた後、スケッチを始める。

「ちっちゃいのに狂暴な生き物って多いよね」
「ジニーとか?」
「ジニーって…人間でしょ!でも、どうして?」
「あいつ、最近よく僕の事たたくんだ。あーあ」
「だから、ロンが女心をわかってないからだって」

くく、と堪えた笑いを洩らしている内にハリーが寄って来て、ハグリッドの行方をマルフォイが知っている素振りを見せた事を話してくれた。

「任務で、何かあったんじゃないのかな…」
「ハグリッドに何かあったら、ダンブルドアがわかるはずよ」
「あんまり心配しすぎるのもよくないよ。マルフォイに弱みを握られてしまうし」

ハリーが溜め息を一つ吐いて、ハーマイオニーのスケッチしているボウトラックルを掴んだ。

「―――だから育ちすぎのウスノロが帰ってきても、またすぐに荷物をまとめることになるだろうな」

一番近くにいたグループから、マルフォイの気取った声が届く。次はもう少し大きな石を投げつけてやろうかと思った時、ハリーが叫んだ。

「いたっ!」
「わ、どうしたの!?」

どうやら先程のマルフォイの話を聞いて苛立ったハリーは、掴んでいたボウトラックルを強く握ってしまったらしい。反撃に出たボウトラックルがその鋭い指でハリーの手に深い切り傷を負わせたようだ。

「大丈夫?」
「っ…いたた…」
「結構深いわね…これで縛って」
「ごめん、ハーマイオニー」

授業が終わり羊皮紙を丸め、そのまま薬草学の温室へと向かった。ハグリッドの事が頭を巡る私達の間には重たい空気が漂っている。温室を目の前にした時、一番手前の温室の扉が開き4年生がどっと溢れてきた。中にはジニーもいる。

「こんちは」

ジニーと挨拶を交わした先にルーナが見え、少し小走りにまっすぐこちらに向かってきた。

「あたしは『名前を言ってはいけないあの人』が戻ってきたと信じてるよ。それに、あんたたちが戦って、あの人から逃げたって、信じてる」
「え―――そう」
「ありがとう、ルーナ」

ルーナがイヤリング代わりにつけているオレンジ色の蕪を見たパーバティとラベンダーが笑ったところで、ルーナが二人にもっと聞こえるように大きな声で笑っていい、と言った。イヤリングの事では無く、先程の発言を笑われたと思ったらしい。

「だけど、ブリバリング・ハムディンガーとか、しわしわ角スノーカックがいるなんて、昔は誰も信じていなかったんだから!」
「でも、いないでしょう?そんなの、いなかったのよ」

ハーマイオニーが我慢できないとばかりに口を出すと、ルーナはハーマイオニーを睨み、立ち去った。
大笑いは、パーバティとラベンダーだけでは無くなっていた。

「言っておきたいんだけど!君達を支持しているのは変なのばかりじゃない」
「アーニー…?」
「僕も君達を百パーセント信じる。僕の家族はいつもダンブルドアを強く支持してきたし、僕もそうだ」
「え―――ありがとう、アーニー」

アーニーの声で笑いは消え、私とハリーは何だか久し振りに心が暖かくなるのを感じた。

スプラウト先生の授業も終わり、残るはアンブリッジの罰則。どんな罰則を受けるのか不安は大きかったが、とりあえずぐうぐう鳴るお腹をいっぱいにする為に大広間へと向かった。

「おい、ポッター!」
「…今度はなんだよ?」

大広間へ足を踏み入れた瞬間、後ろから大きく怒鳴る声。振り向くと、アンジェリーナがものすごい剣幕でこちらに向かってきていた。

「金曜日の5時に罰則を食らうなんて、どういうつもり?」
「え?―――ああ、キーパーの選抜!」
「チーム全員に来てほしい、チームにうまくはまる選手を選びたいって、そう言っただろう?」
「アンブリッジの奴に罰則を食らったんだ!『例のあの人』の話で」
「とにかく、金曜は自由にしてもらうようにするんだ、どんなやりかたでも!」
「アンブリッジ相手にかあ…」
「そういや、コウキもなんだって?じゃあ丁度良かった、よろしく頼むよ!」
「ええ?無理だってば、ちょ、アンジェリーナ!」

ばしばしと肩を叩かれ、アンジェリーナは早々と人ごみの中に紛れた。私たちも時間に遅れるわけにはいかないので、出来るだけはやく夕食を胃に詰めた。

「お入りなさいな」

扉をノックすると、見えない扉の向こうから甘ったるい声が聞こえた。ドアノブに手をかけ目前に広がった風景に思わず目眩がした。

壁や窓はレースやら柄物の布で飾られ、ドライフラワー、飾り皿、沢山の子猫の絵。極め付けは、先程詰め込んだ夕食が戻ってきてしまいそうな程鼻に、腹にくる甘ったるい匂い。

素晴らしい貴族のお嬢様の部屋をくどくしたような、とにかく、出来ればこのまま立ち去ってしまいたい部屋だった。

「こんばんは、ミスター・ポッター、ミス・ダンブルドア」
「こんばんは、アンブリッジ先生」
「さあ、お座んなさい」

示した場所には、これもまたレースの掛かったテーブル。それとセットのイスが二つ現れた。

「ハリー、あれ、言わない方がいい」
「…やっぱり?」

私たちに罰則を受けさせるのが心底楽しみだ、という顔をしているアンブリッジを見れば、決められた罰則を覆す事など到底無理だと悟った。

「では、二人には書き取り罰則をしてもらいましょうね」

そう言って渡されたのは細長く黒い羽根ペン。ペン先が異常に鋭く、羊皮紙を破ってしまいそうな程だ。渡されたのはそれだけで、インクは見当たらなかった。

「書いてちょうだいね『私は嘘をついてはいけない』って」
「何回ですか?」
「その言葉が染み込むまでよ」
「アンブリッジ先生、インクがありません」
「ああ、インクはいらないの」

にっこりと笑みを返され、私は嫌な予感に襲われる。背中に冷や汗が垂れた。

「っ―――」

羊皮紙にスっと羽根ペンを走らせたとたん、右手の甲に『私は嘘をついてはいけない』と現れた。私が羊皮紙に書いた字、そのものだった。血が流れる前にその傷口は段々消え、少しみみず腫れのようだが、元通りになった。

横を見るとハリーと目が合い、そのままアンブリッジを見た。

「何か?」
「なんでも、ありません」

笑っている。楽しんでいるのがわかった以上、ここでごちゃごちゃ言ってる場合ではないと思い、痛みに耐えながら字を綴った。

少し前までは―――この部屋は紅茶やチョコレートのいい香りが漂っていた。週毎に変な生物が入れ替わっていた。どんな辛い事があっても、悲しい事があっても、ここに来れば必ずリーマスがいた。自分の特別が、自分の存在が、自分の大切なものが…全部ここにあったんだ。

「―――っ!」
「コウキ?」

痛みを忘れる程に羽根ペンを動かしている時だった。今までに無い、激しい痛みが右手を襲い、思わず羽根ペンを落としてしまう。

「どうかしたの?」
「…いえ」
「コウキ、血が」

右手を見ると滴る程血が溢れ出ていた。同じくらいのスピードで、同じくらいの量を書いていたはずのハリーにその症状は見られない。

「あら、あら…」
「あの、ええと?」
「もう絶対嘘はつかない、という気持ちが強かったのね。よろしい。先に戻っていいわ」
「はい?」
「―――悟い事は良い事だわ。勉学だけじゃなくてよ?」

アンブリッジが私の右手を擦ると、滴る程だった血は消え失せ、その手に残ったのは切り傷のみ。しかも、書いた文字は形を崩し、事情を知らない人からみればただの傷と成り果てた。

「あの、ハリーは―――」
「ミスター・ポッターはまだよ。あなたは先に戻ってよろしい、はい、おやすみ」
「…おやすみ、なさい」

ハリーに声をかける暇も無く、アンブリッジの部屋から締め出された。

通い慣れたはずだった部屋の前に立ち竦んだ。そっと扉に手を添えると、鮮明に思い出される記憶。この部屋には、もういないと―――今しがたその現実を見たのではなかったのか。

すっかり変わり果てたその部屋に背を向け、もう誰もいなくなった寮へと続く廊下を一人、歩いた。

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