さけぶ心

『闇の魔術に対する防衛術 基本に返れ』

私達は、そう記された黒板を見ている。
机の上には、羽根ペン、インク、羊皮紙。過去最高につまらない授業になる事を、クラスのほぼ全員が予想していた。

「では、5ページを開いてください。『第一章、初心者の基礎』お喋りはしないこと」

アンブリッジの合図でぱらぱらとページをめくる音がだけが教室に響いた。大して面白い本では無いし、これは昔に読んだ事がある。防衛術の理論を知ったところで、面白いと思える人などいないだろう。

眠気と格闘し始めた頃、隣に座っていたハーマイオニーが手を挙げた。アンブリッジを真っ直ぐ見ていたが、アンブリッジは頑なにこっちを見ようとはしない。クラス中がハーマイオニーに集中した時、やっとアンブリッジが口を開いた。

「この章について、何か聞きたかったの?」
「この章についてではありません」
「おやまあ、今は読む時間よ」
「授業の目的に質問があります」
「ちゃんと全部読めば、授業の目的ははっきりしていると思いますよ」
「わかりません。防衛呪文を使うことに関しては何も書いてありません」
「防衛呪文を使う?」
「魔法を使わないの?」

ロンがそう言うと、アンブリッジが手を挙げるよう促した。クラスの所々からごくりと息を呑む音が聞こえる。私は大人しくしていようと思っていたが、ハーマイオニーはそういかなかったようだ。

「『闇の魔術に対する防衛術』の真の狙いは、間違いなく、防衛呪文の練習をすることではありませんか?」
「ミス・グレンジャー、あなたは、魔法省の訓練を受けた教育専門家ですか?」
「いいえ、でも―――」
「それなら、残念ながらあなたには、授業の『真の狙い』を決める資格はありませんね。あなたよりもっと年上の、もっと賢い魔法使いたちが、新しい指導要領を決めたのです。あなた方が防衛呪文について学ぶのは、安全で危険のない方法で―――」
「そんなの、何の役に立つ?」

そこでハリーがガンと机を叩いて言った。続いてディーンも攻防戦に加わる。アンブリッジはあくまでも私達に『呪文を練習させる』つもりが無いようだ。

「しかし、あなた方は、これまで、たいへん無責任な魔法使いたちに曝されてきました。非常に無責任な―――言うまでもなく」

そこでアンブリッジは意地悪く息を洩らした。次に出てくる言葉を全員がしっかりと聞こうとしている。

「非常に危険な半獣もいました」

ディーンが何か言おうとして口を開いたが、それよりも速くクラス中が私を見たのがわかった。仕方無いと溜め息を一つ吐き、手を挙げた。

「先生。理論を十分に勉強すれば、試験でも―――OWLでの実技も、呪文は正しく使えるのでしょうか?」
「ええ、その通りよ。理論を十分に勉強すればね。試験という慎重に整えられた条件の下で、呪文がかけられないということはありえません」

アンブリッジはしっかりと手をあげた私の質問に満足そうに答えた。全員の丸くなった目が私をまじまじと見ていた。きっと私が意見すると思っていたのだろう。

「コウキ、」
「さて、試験に合格するためには、理論的な知識で十分足りるというのが魔法省の見解です」
「それで、理論は現実世界でどんな役にたつんですか?」
「ここは学校です。ミスター・ポッター。現実世界ではありません」
「それじゃ、外の世界で待ち受けているものに対して準備しなくていいんですか?」
「外の世界で待ち受けているものは何もありません。あなたのような子供を、誰が襲うと思っているの?」
「うーむ、考えてみます……もしかしたら―――」
「ハリー!」

ハリーの腕を引っ張り、言葉を遮った。出来るだけ、ハリーの立場を悪くしたくない。私のその気持ちは、今ここにいる誰にも理解はしてもらえないかもしれない。だが、正面きってこのガマガエルに体当たりするのは、確実にこちらを不利にさせるだろう。

魔法省は、ハリーを、アルバスを、私を、ホグワーツを全て駄目にしてしまう。

「コウキ、何するんだ!」
「落ちついて、駄目よハリー」
「―――いくつかはっきりさせておきましょう」

アンブリッジが甘ったるい声でそう言った。にっこりと満足げな視線は私に向けられている。

「みなさんは、ある闇の魔法使いが戻ってきたという話を聞かされてきました。死から蘇ったと―――」
「あいつは死んでいなかった。蘇ったんだ!」
「グリフィンドール10点減点です。ミスター・ポッター!続きですが、その話は嘘です」
「嘘じゃない!」
「ハリー、やめて!」
「君もわかってるのに、どうして僕を止めるんだ!」

思いきり私の手を振り払ったハリーの手は、私の頬にぶつかり乾いた音を教室に響かせた。しかし、ハリーの興奮は冷めなかったようだ。

「コウキ!大丈夫!?」
「…僕は見た。僕は、コウキも―――っ、あいつと戦ったんだ!」
「罰則です。ミスター・ポッター!」

ハリーがこうなってしまっては止められない。溜息を付き、ハリーの手を引っ張って無理矢理座らせ、手を挙げた。

「―――アンブリッジ先生。例のあの人が蘇った事、それは私もこの目で確かに見ました。暫く意識不明になった所為で、夢だったとか、ダンブルドアが記憶を捏造したとか、不名誉な事を言われましたが」
「コウキ…駄目よ!」
「私も戦った。私が致命傷を逃れ今ここいるのは、防衛術の実戦をしっかり重ねていたからです。先生が危険と仰る"リーマス・ルーピン先生"に受けた授業が、間違いなく私達の命を救った」

教室全体が私の話を聞き逃さまいと、耳を傾け固唾を飲むのがわかる。ふつふつと沸き上がる怒りを抑え、ゆっくりと、出来るだけ冷静に聞こえる様に言葉を選んだ。

「その経験があるから、少なくとも私達二人は実戦的な授業を受けたいと思うのです。自分の身を張って受ける授業が楽しく、尚且つ役立つのだから」

アンブリッジが私をしっかりと見ていた。何と言葉を返せば私を怯ませられるか、そんな事を考えているようにも見えた。

「私は授業方針に逆らうつもりはありません。ですが、頭がおかしいと、嘘付きと罵られようと、奴が蘇った事は否定しない。これは魔法界だけでは無くマグル界にも危険が及ぶ。否定していたって被害が増えるだけです。なぜ魔法省はそれがわからないのでしょうか?」
「貴女達がそうやってでまかせを言うことで世界の混乱を招いているのです!」
「私も同じく罰則を受けます。貴女が否定する限り、この身で訴え続けましょう」
「…理解しかねるわ」

これ以上言う事も無くなったのか、アンブリッジは何かをサラサラと書いていた。もう誰もアンブリッジに食いつく事はしない。ハリーも黙って俯いている。

「ミスター・ポッター、ミス・ダンブルドア。こっちへいらっしゃい」

何かを書き終えたアンブリッジが手紙を差し出す。
ハリーの怒りは収まってなく、前に出る時にイスを蹴飛ばしていた。そのまま、私達はマクゴナガル先生の所へ行くようへ促された。

「…ハリー?」
「なに?」
「少し落ち着こう。まあ…無理かもしれないけど」
「君はよくそんな冷静でいられるね!僕らだけじゃなく、ルーピン先生まで貶されたのに」
「…だからこそだよ」

怒鳴り散らしたい気持ちは勿論ある。でも、リーマスがああ言われた事を私が感情的に反論し、更に立場を悪くさせてしまったり、私が魔法省に目を付けられる事をリーマスは望まない。出来ることなら完全に黙らせて、魔法省に送り返したい気持ちは山々だ。

「あそこで私が喚き散したところで、有利な立場にはなれない」
「悔しくないの!?」
「悔しいよ、腹も立つ。でも、これからの事を考えたら、感情だけで動くわけにはいかない」
「…わからない」
「これから嫌って程わかるよ。とにかく、魔法省がホグワーツに関わっている間、私達は気を付けなきゃいけない。じゃないと、罰則や退学やらどんどん後ろに付いてくるもの」
「じゃあ、どうして一緒になって罰則を受けるような事言ったのさ?」
「そりゃあ、ハリーだけに罰則を受けさせる訳にはいかないでしょ?」
「…君は本当にばかだ」

私は笑い、ハリーの背中を叩いた。ハリーはもう少し癇癪を抑える事、私は隙を見せない事を重点的に気を付けなければならないだろう。しかしあれだけ嫌な奴が相手なら、私の手が滑ることも無いとは言い切れない。もう一度リーマスの事を言ったなら、精神面から追い詰めてやる。

「いったい何を騒いでいるのです、ポッター、ダンブルドア」
「あ。丁度先生の所へ行くところだったんです」
「どうしたのです?お入りなさい、二人とも」

手紙を渡すと、それにさっと目を通してからマクゴナガル先生の書斎に通され、ソファに座った。

「それで?アンブリッジ先生に対して怒鳴ったというのは本当ですか?」
「はい」
「嘘吐き呼ばわりしたのですか?」
「はい」
「『例のあの人』が戻ってきたと言ったのですか?」
「はい」
「…ダンブルドア、貴女も?」
「ごめんなさい」
「コウキは、怒鳴ったりしてません。何もいわずにいたんです」
「最初は我慢してたんですけど、リーマスの事を言われて黙っていられなくて」
「違います先生!僕の為に、コウキは、」
「でも、言ってしまった事は取り消せません」
「あなた達は…」

そこでマクゴナガル先生が溜め息を吐き、私達にビスケットを渡してくれた。それから深刻な目を向け、少し低い声で言った。

「気を付けなければいけません。ダンブルドア、貴女ならわかっていますよね」
「はい」
「ポッター、常識を働かせなさい。あの人がどこからきているかわかっているでしょう」
「…はい」
「手紙には、今週、毎晩あなた方に罰則を科すと書いてあります。明日からです」
「今週毎晩!」
「ポッター。しっかりとダンブルドア、グレンジャーの言うことを聞いていてください」

その日の夜の夕食は今までで一番喉を通らなかった気がする。アンブリッジの授業の事は一気に学校中に広まったようだ。今まで沈黙を守っていた私まで口を出した事で、大事のようになっている。

「ハリー、落ち着いてちょうだい」
「わからない、僕にはわからないよ」
「ここから出て話しましょう」

大広間から出て行く間も、ひそひそ話と視線は収まらなかった。

「どうして、みんな信じない?」
「あの時の出来事を、あなたはわかっていないのよ。芝生の真ん中に、意識の無いコウキを連れて帰ってきた。迷路の中で何が起こったのかを、私たちは知らないの」
「だから、僕が説明したじゃないか!」
「わかってるわ、それをダンブルドアもしっかり説明した。でも、問題は真実が心に染み込む前に、夏休みになってしまった事なのよ。それから2ヶ月の間、ずっとあなたやダンブルドアが狂ってるという記事を読まされ続けた」
「どこの世界も、上の人間ってのはどうかしてるわ」

降参のポーズを取り、手をひらひらさせた私にハーマイオニーは鋭い視線を向けた。

「コウキもコウキよ、貴女は一番わかってるはずなのに」
「ま、あれじゃあ何も言わなくても結果は同じだよ。ハリーと私だけが知っている事実をいつまでも私だけ黙っている事も、自分の親代わりが罵られてるのに黙っている事も」

談話室について、私たちはソファにどっと座り込んだ。私はこれからどうするのが最善策なのだろう。
アンブリッジには良い顔しておくに越した事は無いだろうし、今回の事は謝ればなんとかなるだろう。
しかし肩書きはアルバスの娘。元々良くは思われてない筈だ。上手い立ち回りが必要になる。それにしても…考えれば考える程苛立ちが沸き上がる女だ。

「あんなひどい女に、どうして教えさせるの?しかもOWLの年に!」

ハーマイオニーがそう言ってきたところで、数人が談話室に入ってきて、またこそこそ話を始めた。もちろん、熱い視線も感じる。

「でも、『闇の魔術に対する防衛術』じゃ、すばらしい先生なんていままでいなかっただろ―――」
「こっちが黙っていればいい気になって!誰が私に反論出来るわけ?言ってみてよ!」
「ちょ、コウキ…!?」

思いきり机を拳で叩き、思いきり叫んだ。その場にいた人は驚いて何も言えないようだったが、確実に私を恐れているのはわかった。私は元々こういう質だ。生徒にはそういう姿を見せておいた方が後々効果があるだろう。

「何してるのよコウキ!」
「ということ。わかった?ハリー、苛々した時は時と場所を考えなさい」
「…は、はい」

あーあ、と溜め息を吐きながら、深くソファにもたれ掛かった。そんな姿の私を見てロンが笑う。

「…何か、よかったよ」
「何が?」
「君はそんな調子でなきゃ変だよ。あの時だって、あんな冷静に対処すると思って無かったから」
「まあ、私だって子供じゃないから」
「コウキ、ごめん」
「うん?」
「その…ルーピン先生はすばらしい先生だったと、お、思うよ」
「ええ、ありがとう」

にっこりとハリーに笑みを返し、私は一足先に女子寮へと向かった。今日はもう何もする気にならない。ベッドに横になり、丸く光る月を見つめた。

「リーマスに…会いたいなあ」

prev / next

戻る

[ 82/126 ]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -