両手いっぱいに

相変わらず真っ白な世界に、私は立っている。
ざわざわと空気を振動させながら、白いワンピースを着た天使のような人達が集まってきた。皆、初めて会った時は無表情だったが、今日は少し微笑んでくれている気がする。

「貴方の幸せは―――私達に人として与えられた、在るべき心を蘇らせる」
「え?」
「人を愛し、人に愛される気持ちが…貴女を通して私達にも伝わるのです。私達が感じる事の出来なかった暖かな感情を、貴女が与えてくれるのです」
「そっか…よかった」

心の欠片となったこの先代は、人として生きる事を他人に阻まれた。その人達に、私がこうして生きている事で、人の感情を、人の暖かさを伝えられるのなら、私の生る意味が形になる。

「これは、夢?」
「いえ―――夢とは、少し違います」
「自分の精神世界にいるという事は…昏睡状態のような?」
「わかりやすく言うと、そのような形なのでしょうね」
「なんてアクティブな昏睡」
「貴女は、とても楽しい方ですね」

それはお転婆と言う事かな…?確かによく周りを見てみると、おしとやかなお嬢様系の方ばかりのようだ。非常に場違い。

「コウキ、あちらで、貴女を呼んでいらっしゃいますよ」
「え?う、わ!」

ぐんと反り返るような感覚が襲う。ポートキーに乗っている時よりは優しいものの、天地が引っくり返る様な気持ち悪さだ。手を振る先代が見えたと思えば、すぐに場面は切り替わり、目の前にはリーマスがいた。

「やっと起きた。そろそろ準備をした方がいいよ」
「…戻ってきた」
「え?」
「何でも無いよ、皆は?」
「ハーマイオニーが起きているよ」

私はあのまま寝てしまったようだ。夜中に一度くらい起きようと思っていたのに。自分の部屋に戻り、着替えを済ませてからトランクの中身を再確認した。

「コウキ!起きてる?」
「あ、おばさん―――おはようございます」
「ええ、おはよう。昨日は本当にごめんなさいね」
「いいえ、気にしないで下さい」
「もう朝ご飯の用意は出来ているわ」
「わかりました、すぐ行きます」

おばさんが廊下を歩いて行く音が聞こえなくなってから、私は一度ベッドに座った。今日から、またホグワーツでの生活が始まる。今年からは、慎重に行動する事が鍵になってくるだろう。

厨房に行くと、トンクスが悲しそうな顔をしながら寄ってきた。

「コウキは今日からいないんだもんね…」
「うん、こっちの事はよろしくね」
「ええ、任せて!」

ね!と言い、トンクスはリーマスを見た。考え事をしていたらしく、一瞬戸惑ってからいつもの笑顔でああ、と答えた。トンクスは私を一度抱き締め、外へと出て行った。

落ち付いていたのは本当に一瞬だけで、時間が迫ってきてからの屋敷内は大惨事だった。双子がトランクでジニーをふっとばしてしまったり、ハリーがいつまでたっても起きてこなかったり。おばさんとブラック夫人の声が常に響き渡っていた。

「ハーマイオニー!あなたのご両親からお手紙ですよ!」
「あ!ありがとうございます」

ヘドウィグが戻ってきたのを見て、おばさんが窓を開け招き入れた。

「私、ハリーの所行って来るわ!」
「いってらっしゃい」
「なあ、コウキ…ハリーを宜しく頼むな」
「ん、大丈夫だよ」

私の周囲を確認してシリウスがぼそぼそと言った。

「お前、てっきりこっちに残るかと思ったのに」
「どうして?」
「リーマスが残るからだよ」
「まあ、そうだけどさ。私はホグワーツを卒業したいし、今はハリーと一緒にいる方がいいと思うから」
「そうだけどよ…」
「何、シリウスのくせに弱気になってるの?」
「そうじゃねえよ。ただ」
「私も、リーマスも、大丈夫だって。そう簡単に離れたりしないよ」
「…そうだな」

柄にも無く、心配そうな目で言うシリウス。きっと私達とジェームズ、リリーを重ねているんだろう。

「それより、自分の身の心配でもしててよ。シリウスは一番標的にされやすいんだから」
「どうしてだ?」
「あれ、言ってなかった?何かあった時、ハリーをおびき寄せる為にシリウスを使うかもしれないでしょう」
「俺がそう簡単に捕まるわけないだろ?」
「だーめ。シリウスは自分が切り札だと思って行動して頂戴」
「ダンブルドアが俺をここに閉じ込めたい理由はそれか?」
「恐らくね。ハリーは私に任せて、ね?」
「はいはい」

やる気の無い返事をして、シリウスはまた自分の部屋へと戻って行った。

ホールには皆のトランクが散らばっていて、ムーディが整理しようとしている。私も自分のトランクを放るすがら、手伝おうと杖を取り出した。

「―――ユウシ」
「はい?」
「いいのか?最後くらい」
「何がですか?」

ムーディの魔法の目がぐるりと一周して、私より少し左奥の一点を見つめた。その目に合わせ振り返ると、そこには何やら大量の羊皮紙を抱えているリーマスがいた。

「ムーディ、知ってたの?」
「知らないとでも思っていたのか?」
「お、思っては無いけど…」
「奴の目が変わるからな、お前の事になると」
「そうなの?いやあ、お恥ずかしい」
「別に隠す事でもないだろう?」
「隠してるつもりでは無いよ、言ってないだけで…」
「同じ事だ」

しばらく会えなくなるんだと言われ、私はそろそろとリーマスに近付いた。正直ムーディの思わぬ優しさに動揺を隠し切れない。

「リーマス」
「コウキ。準備は出来たかい?」
「うん、大丈夫だよ。そういえば、昨日はちゃんと寝れた?」
「ああ。おかげ様で熟睡したよ」
「それならよかった。寝不足が続くなら、いつでも帰ってきてあげるよ?」
「そうだね。私がホグワーツに忍び込んでも良い」

持っていた羊皮紙を杖の一振りで片付け、小さい私の頭を撫でた。

「キングズ・クロスまでは私と一緒に行こう。ジニーと一緒に―――」
「ね、私、パパ達と一緒に行くわ」
「え?ジニー、」

ちょんちょんと私の肩を突付き、ジニーがウインクしてそう言った。

「いいでしょ?ロンとハーマイオニーと行くわ。パパも良いって言ってるし」
「ああ、私は構わないが…」
「じゃあ決まりね!コウキ、また駅で会いましょう」
「うん、後でね」

またジニーがウインクしたので、私達に気を使っているのだと理解した。14歳に気を使わせるとは…

「それじゃあ、そろそろ行こうか?」
「うん…」

私達は、最後に屋敷を出た。シリウスがスナッフルズとしてハリーに着いて行こうとして、おばさんを呆れ返させている。よくない事にならなければいいが。



キングズ・クロスまでの道のりは、長いようで短かった。連絡が取れなくなる訳でも、一生会えなくなるわけでもないのに。段々心が重たくなって行くのは離れる事に慣れていないからだろう。

私が私として、ここで生きている間はずっとリーマスと一緒にいた。だがこれから始まる新学期の間は、日常生活を共にする事も出来ない。

「我ながら恋愛脳」
「うん?」
「リーマスが居ない学校生活を考えるとね…」
「私だって同じだ。心配のし過ぎで心臓がおかしくなりそうだ」
「本当心配ばかり掛けてすみません」

マグルの目につかないように、こっそりと柵に寄りかかり九と四分の三番線に出た。本来ならばこの景色は人の倍経験しているはずなのに、家がホグワーツである事が多かった為に意外とそうではない。

ホグワーツ特急が停車している。もう皆はプラットホームで別れを告げていて、最後に着いた私をおばさん達が抱き締めてくれた。

「気をつけるんだよ」
「手紙を頂戴ね…さあ、急いで」
「うん、ありがとうございました。あ―――スナッフルズ!」

ハリーに飛びかかっていたシリウスを呼び、わしゃわしゃと頭を撫で抱き締めた。

「何かあったら、こっそり手紙よろしくね?」
「わん!」

耳元でそう囁くと、元気に返事をして顔を舐められた。

「わ、ちょ、くすぐった―――」
「ぐっ!」
「スナッフルズ、もう時間だから」

リーマスがシリウスの横に立ったと思ったら、誰にも見えない位置でシリウスの頭を一発殴っていた。うわ可哀想。

「リーマス、ただの犬だから…」
「そうだね」
「ぐうう…」
「じゃあ、また」
「ああ、元気で頑張るんだよ」

お互いに頬に挨拶のキスをして、列車に乗り込んだ。ハリー達と一緒に窓から顔を出し、皆に手を振る。

また、新学期が始まる。

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