「もう十年なのね」 いつの間にか傍らにいたメタグロスに声をかければ、音もなく頷いた。 結局、彼女はあのまま私たち親子に完全に慣れることはなかった。いつのまにか仲間にしていたギギギアルと共に、お世話になりました、とだけ言ってどこへともなく出て行ってしまったのだ。ここにいたのはほんの数週間。 彼女はいつもどこかへ出かけ、誰かを探しているようだった。会いたい人がいると言っていた。 そう父から聞いたのはその数日後のことだ。 彼女が、心のどこかで私たちに感謝していただろうことはわかっていた。それでも人を信じきれない何かが今までにあったのだろう、ということも。だから、時間をかけて溶かしていこうと思っていたのに。 「でも、それでよかったのかしら」 あっという間の関係で、守ってあげたいと思うことは、ただのエゴなのだと知った。今までのこの十年の中で、彼女も色々なことを学んだのだろう。そして、人を信じるということも。きっと必要な年月だったのだ、お互いに。 まだ、彼女はすべての人を信じ切れてはいないようだった。ポケモンには無条件に注がれる優しさも、人として垣間見ることができたのは自分がはじめてのはずだ。 それでも、信用に足る人物なのだと、彼女が人を認められたこと自体が、彼女にとっての大きな一歩で。 「きっと、あなた達のおかげよ」 笑いかけると、メタグロスはどこか照れくさそうにした。その顔に、彼は初めから自分を信じてくれていたことを思い出す。 「そういえば、なぜあなたはあの時、私を信じてくれたの?」 「同じ思いを持っているからですよ」 「え…」 「まったく…探したわよ、メタグロス」 その声に二人で振り向くと、まるで闇で浮かぶような紅い目がこちらを睨んでいた。その目に、少しだけ見とれる。 思えば、はじめに彼女を気に入った理由はこの紅い目だった。確か彼女は、自分の目を酷く嫌っていたけれど。 「ミキ、同じ思いって」 「さあ。本人に聞いてください」 「知らないの?」 「私は彼らと話せませんから」 「え!?」 なんですか、と怪訝そうに見る彼女。ポケモンと分かり合っている様子から、てっきり声が聞こえているのだと思っていたのに。 だから、彼をさがしているのだと思っていたのに。 「じゃあ、なぜ」 「わかるんですよ、なんとなく。気配というか、そういうものが。ポケモンに限らずですが」 「それで…」 「何かはわからないけど、彼と貴方は私に、同じか、すごく似た決意を持っている」 一体なんなんだか知らないですけどね。本当に興味のなさそうな顔で彼女はそう言った。そしてメタグロスを近くに呼び寄せる。 その、彼女に近付く瞬間、私をみた彼の瞳。 「…そう、あなたもなのね」 「え?」 「なんでもないわ。彼、引き留めてごめんなさいね。おやすみなさい」 「おやすみなさい…」 相変わらず不審そうに私を見る彼女を、メタグロスが促した。その彼に、音にせずに。 ありがとう きちんと受け取ってくれたらしいようすに、先ほどの彼のように今度は私が頭を下げた。そして後ろ姿を見送ったあと、もう一度、空を見上げる。 「なぜなのかしらね」 彼女は強い。それは物理的な能力やポケモンバトルのことだけでない。普通の、あの年の子が負うには重すぎるものを抱えてきた、精神的な強さが、彼女にはある。まるで決して折れることのない幹のような強さ。 それなのに、守りたいと思ったのだ。あの意志の強い紅は、倒れ消えてしまいそうに見えて。 きっと、魅入られてしまったのだろう。彼も、私も、まだ見ぬ誰かも。彼女が思うよりもずっと、彼女は人からみても魅力的で。 「いつか、気付くといいけれど」 それが願わくば、さがし人の彼であればいいと、なぜか強く思った。 ← |