「ん…」 「あっ!起きた?」 「うん…?…っ!」 ゆっくりと開かれた紅い瞳。ぼんやりとした光は、突如として燃えるように煌めいた。それはまるで、怒りを具現化したような色で。 「待って!私は…!」 「メタグロス!コメットパンチ!」 「や…っ」 すぐに体を起こし、彼女の呼びかけに応えたメタグロス。けれど彼は、技を繰り出すことをしなかった。 代わりに、彼は彼女を押さえ込んだのだ。 「メタグロスっ!なんで…」 裏切られたように傷付いた顔で彼を見る彼女。それを見つめ返し、私を見た彼の視線を追った彼女は、はっとした顔の後、体の力を抜いた。そして、放心したように倒れこむ。 「ちょ、ちょっと、大丈夫!?」 「はい…」 先程とは打って変わった消えそうな声に、ああ、やはり彼女にも傷は堪えるのだと安心した。彼女の体に、もう外傷は跡形もなくなっていたから。 「私はアララギ。博士であるお父さんの助手をしているの」 「博士…?」 「そう。お父さんはポケモン博士なのよ」 真っ直ぐに私を見つめる紅。それがだんだんと、光を失っていくように見えた。 「ポケモン、博士…」 「そう、よ?ねえ貴方、大丈夫…」 「ふ…ふふっ…あっはははははっ!」 虚空を見つめ、まるで嘲るように、諦めるように笑い出す彼女。それに言葉もなく私は立ち尽くした。笑い声であるのに、なんだか泣いているように見えたから。 「…それで」 「え?」 「それで、私は何をされるんですか?」 「なに、て…」 「私の傷口を見たでしょう?」 「っ!」 にやりと笑う彼女の顔は、威圧的であるはずなのに、どこか悲しげにみえた。なぜかこちらが泣きたくなってしまって、それを堪えながらできる限りで彼女に笑いかけて見せる。 「私たちは、あなたで実験なんかしないわ」 「そう。じゃあ他に売られるんですね」 「いいえ。ここで療養してもらうわ」 「療養?なぜ」 「あなたがいま傷付いているからよ」 言うと彼女は目を見開いて、敵意を露わにしてきた。けれど、引くわけにはいかない。私は、たった今決めたからだ。 この子を守るのだ、と。 「傷付いている?冗談じゃない。私の傷はついたそばから消えるのよ。貴方も見たでしょう?どんなに大きな傷もすぐに修復されて行く様を!」 「ええ、見たわ。でも、あなたが傷付いているのは外側じゃないもの」 「たとえ内臓でも…!」 「心は、あなたにも見えないでしょう」 「ここ、ろ…」 激昂していた彼女は、何を言われているのかわからない、といった顔をした。そしてまた笑う。 「心?心ですって?私の?貴方は私に心があると、」 「あるわよ。だってあなたは、人間だもの」 「何をいって…」 「あなたはポケモンでも実験体でもない。ちゃんと傷付く心を持った、人よ」 必死に堪えていたいたものが、そう告げた途端に決壊した。ああ、泣きたいのは彼女のはずなのに。 中で、彼女は相も変わらず涙を見せないまま、けれど呆然を立ち尽くしていた。それに一部始終を見ていたメタグロスが寄り添う。 そういえば、これだけパートナーが攻撃されているのに、彼は一度も割って入らなかった。何故だろうと目をやると、驚くほどに真剣な瞳が、私を見返していた。 本当に、任せていいのか 声もなくただ、そう語りかけてくるようで。 「……」 目をそらさずに頷くと、彼も決心したように応えた。 そして、彼女と正面から向き合う。 「…うそ…メタグロス…」 「……」 「でも、わたしは…っ」 私には聞こえない、パートナーの言葉を聞きながら、彼女は言葉をつまらせる。けれど意志を貫くような彼に、彼女は恐る恐る、たぶんはじめて、私をみた。 不安げな、迷子になったような目だった。 「任せて。私たちに」 未だ涙で声は震えたが、思いだけ、強く込めた。私に託してくれた彼の、思いも含めて、強く。 「…おねがい、します…」 弱々しく、彼に支えられながら頭を下げてくれた彼女。それに私はそっと近付いて。 「ありがとう…あなたの名前は?」 「…ミキ」 「そう…ミキ」 こちらこそ、よろしくね そう、先ほどとは違う意味で滲む涙を堪えながら、私はその細い体を強く抱きしめた。 ← → |