きっと、はじめから。彼女を、彼女のあの目を、見たときから。


「あら、起きてたの」
そう声をかけたのは、あの彼女が最も信頼しているポケモン、メタグロスだった。
「何かあったの?それとも、眠れないのかしら」
彼には寝付けない理由があることをわかっていた。彼女をはじめから知っている彼は、おそらく私と同じように考えているだろうから。
「…いい仲間に会えたのね、彼女は」
以前と変わらず無口な彼は、隣に立った私にただ頷いた。そしてこちらへ向き直り、何よりも雄弁な瞳で語りかけてくる。
「どういたしまして」
笑って返せば、彼はゆっくりと頭を下げた。そして何か思い出すように遠い目をする彼。
それに倣って、私も昔に思いを馳せた。

それは、つい最近のような、もう遠い日のこと。





「おーい!」
聞き慣れた、父の声。研究者の父は、よくフィールドワークに行っていた。そうやってポケモンの生体を調べては、研究を繰り返していた。
そしてその時々には、怪我をしたポケモンを助け、連れ帰ってくることもあって。
「風呂を沸かしてくれ!それから、傷の手当の準備も!」
慌てて帰ってきた父に、今回もそうなのかと慌てて駆け寄る。けれど何かを抱えた父のあとを追ってきた、見たことのない色をしたメタグロスは元気そうで、けれど不安そうな顔をしていて。
ああ、仲間が怪我をしたのか。
そう思いながら覗き込んだ父の腕の中にいたのは、ポケモンではなかった。
「えっ、人!?」
「そうだ。森の中で倒れてた。気を失っているだけみたいだが、早く!」
「は、はい!」
通りで、いつもより余裕のない顔で帰ってきたわけだ。
そんなことを考えながら、手当をすべく手早く準備を始めた。


「あの子、落ち着いた?」
「ああ、とりあえずは大丈夫みたいだが…」
彼女(女の子だった)の手当は、手負いのポケモンを相手にするよりも厄介だった。
傷の手当をしようとしたところで意識を取り戻した彼女が、こちらが話を始めるよりも先に大暴れしたのだ。見た目の幼さと、体の大きさからは想像もつかない力で。
まるで野生のポケモンのように。
「ちょ、ちょっと!落ち着いて!私達は敵じゃないわ!」
「だめだ聞かない!あれを持ってきてくれ!」
「っ!はい!」
暴れるにつれて、見えていなかった傷も開きだしたのか、彼女の体には血が滲み出した。それを見兼ねたのか、父は私に麻酔薬を持ってくるように命じた。
これは本来はポケモンに使われるものだ。もちろん人間に使用しても害のないものだが、なんだか、動物扱いしている気がして。
「お父さん!」
薬を持って戻ってくると、父が彼女を押さえつけているところだった。彼女の口に吐血した跡があることから、再び倒れかけた隙をとったのだろう。
けれど、
「くっ…!早く打ってくれ!」
「は、はい!」
未だ暴れる彼女の腕を押さえ、素早く、けれど確実に薬を打つ。あんなにも暴れていた彼女は、びくりと体を跳ねさせると、再び意識を失った。
そこから、ようやく傷の手当を始めたのだが。


「…あの子の傷、どう思う?」
酷く重い声で、父は尋ねた。それに私も重たい声で応える。
彼女の体をを見た時と同じ、重い気持ちで。
「…虐待の、痕に見えました。しかも、」
「治りかけていた。恐ろしいスピードで」
「…はい」
ロープではなく、バンドのようなもので縛り付けられた跡。もがいたのか、剥がれかけた爪と、殴り、蹴られたかのような痣。吐血はその時の傷か、薬物による内臓の損傷だろうか。
けれどそのどれもが、修復されつつあったのだ。先ほどの大暴れでついたはずの傷は、開いたはずの傷とともに、すでに塞がりかけていて。
「一昨日の新聞、覚えてるか」
「はい」
それは決して一面ではなく。おそらくなかったことにしたかったのだろう、ほんのおまけのような小ささの記事だった。
森の中に突如として、何事があったのか壊され、死体が残された研究所跡のようなものが見つかったのだ。そこでは、実験が行われていたらしい惨たらしい跡があった、とのことで。
「彼女だと思うか」
「……」
さらに死体には爆発による損傷と別に、的確に頸動脈のみを刃物で切られた形跡があって。
「…わかりません。ですが」

私が彼女だったら、すべてを壊します。

なぜ泣いているのかもわからず、ただ泣きながらそう言った私を、父は黙って抱きしめてくれた。













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