『ねえ、ミキ。君はなんのためにバトルをする?』

考えたこともない言葉だった。あの時、私は何と答えたのだったか。


きみの名は_5



「僕と勝負をしてください」
目的地、カノコへあと少しというところで、おそらくだいぶ年下の眼鏡をかけた男の子に捕まった。後ろにはしょんぼりした、不安げな顔の、その子と同い年くらいの女の子。と、バトルの後なのか自分のポケモンをいたわっている男の子がこちらをみていた。傍らにいるまだ慣れていない様子のツタージャは少し疲れているように見える。
「…なるほど。君はそこの女の子に勝って、調子に乗ったところでその男の子に負けたんだ」
「調子にのってなんか…!」
「じゃあ聞くけど、君は私に勝てると思うの?」
この子を見て。そう言って今出していたエンペルトを彼らの前に出す。あくまで冷静な彼はちらりとツタージャを一瞥し、私を見上げた。
本当にこれとやるんですか。
そう心配している顔だった。そんな彼に、任せておけとウインクしておく。安心したのか、彼はふい、と視線をツタージャに戻した。
きちんと勉強していた子なのだろう。だから彼のポケモンが有利なはずの、エンペルトを連れた私に挑んだのだ。だが、圧倒的に経験値が足りない。
それはポケモンだけでなく、彼自身も。
「そんなの、やってみなきゃ…!」
「わからないんだったら、君はいつまで経っても強くなれない」
「っ…」
睨むでもなく、相手を見る。ただ静かに、感情を込めずに。けれど彼は怯んだようだった。
でも、ここで諭すほど私は優しくはない。
「もういいかしら?私もヒマではないの」
ぎり、と手を強く握ったのが見えた。後ろの女の子が「チェレン、もうやめようよぉ」と泣きそうになっている。そしてもう一人。
「……」
もう一人の男の子は、私を食い入るように見ていた。睨むや探るようなものというよりは、ただ純粋に興味があるような。
「…名前は」
「え?」
手を握りしめ俯いていた眼鏡の彼がこちらを睨むように見た。何かを決意したような、そんな目だ。
「僕はチェレン。強くなりたい。いつか貴方よりも誰よりも!だから」
「また会ったら」
捲し立て始めた彼を遮って、真っ直ぐに見返して、笑ってみせる。
「いつかまた会ったら、その時には教えましょう」
そういった瞬間、三人のうち誰よりも目を輝かせたのは眼鏡の彼ではなかった。口数が少ないその瞳は、何よりも強く再会を、その目的であるバトルを、心待ちにしていた。
あの子は、強くなる。
そう確信して、次の街へむかうその三人を後に、私は再び目的地へと歩き出した。




「遅かったじゃない、ミキ!」
連絡もないし、怒って来なくなったのかと思ったわ。そう言いながら出迎えた彼女を尻目に、あの頃には見たことのない設備の揃っている研究所を眺めた。と、三つボールがあったらしい装置を見つけて、さっきの子達はここから来たのかと一人納得する。
「さて、いきなり本題に入る?」
「そうですね。あまり長居はしたくないですし。お父様はどちらに?」
「つれないわねえ…父は研究でもう長く遠方にいるわよ」
「そうですか。…それで、なぜ"彼"のことを」
「父から聞いたのよ。だから、情報を集めたの」
あなたが出て行ってからずっとね。
そうにこりと笑いかけてくるのに目を逸らす。
私がここで保護されていたほんの数ヶ月は、おそらく生きてきた中で一番穏やかだった。その時の、まるで本当の父のように。
本当の、姉のように慕っていたことを思い出して。
「…あの」
「それで、その彼のことだけど…え?」
けれど未だに、それをいえないまま。なにも言わずに出て行ったときのままで。
「何かしら?」
「っ…」
あの頃と変わっていない笑顔。そしてあの頃と変わっていない、ろくに礼も言えない私と。
「…いえ、なんでも」
「そう?…じゃあ、話の続きだけれど」
ぐっと手を握りしめた私を、傍らのエンペルトが心配げに見る。けれどそれにも応えられないまま、私は彼女の話を聞き続けた。












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