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命短し恋せよ乙女

まるで悪夢を見たときみたいにはっと目が覚めた。心臓が破裂しそうなぐらいばくばくして、上手く息ができない。

「大丈夫かレイ子!?」

ぼやける視界の中で目を凝らすとカカシくんが必死な顔であたしを呼んでる。「大丈夫。」言いたいのに喉の奥がくっついて小さく喘いだだけだった。自分の身に起こっている状況が理解できず困惑したまま視線を彷徨わせる―――・・・水浸しの床、割れたガラスの破片、そこに這いつくばっているあたし、心配そうなカカシくんの顔―――カカシくんの顔をはっきり捉えた途端に、あたしは元の体に戻ったことを確信した。

「あ、たし……」
「喋らなくていいから。」

あたしの言葉を遮ってカカシくんは、サッと自分のマントをかけてくれた。そこで、あたしが自分が素っ裸だということを思い出して羞恥心が込み上げてくる。咄嗟に胸元を隠すけれど腕に上手く力が入らなくて、カタカタ震える。

「大丈夫だから。」

カカシくんはあたしがなんにも言わないでも、何もかも分かっているみたいで、肩を優しく抱いてあたしの背中をさすってくれた。
しばらくの間、カカシくんに身を委ねていたら段々と落ち着いてきてやっと口を利けるようになった。

「あたし、元に戻ったの?」
「そう。レイ子、苦しくない?」

カカシくんは確かめるようにあたしを真っ直ぐ見て言った。それでも、決してあたしの体が見えないようにあたしが動いてマントの裾がはだける度に合わせてくれた。

「大丈夫。」

あたしははっきり答えた。
そうしたらカカシくんは安心したように優しく微笑んだ。

「良かった。」

その表情があまりにも真剣で、それでいて本当にあたしのことを案じてくれていることが伝わってくるから、胸の中にきゅんとしたものが駆け巡る。そのままカカシくんの顔を見ているとどうにかなってしまいそうで思わず顔を背けた。

「帰ろう。」
「へっ…?!えっ、ええ…!カカシくん!?」

あたしが立ち上がるよりも先にカカシくんにふわりと抱き上げられる。裸に布一枚の状態で横抱きにされて気が気じゃない。だって、カカシくんの手がお尻と胸にちょっと当たってるだもん。それにカカシくんが優し過ぎるのもなんだか落ち着かない。

「カカシくん!だ、大丈夫だから!」
「その体で歩けるわけないでしょ。」
「………はい。」

なんとかカカシくんに抱えられたまま帰るのを辞退しようと、カカシくんの腕の中でジタバタしていたらカカシくんが呆れたように溜め息をついた。それから半眼になってあたしを見た。

「はあ……それとも落とされたいの?」

あたしの顔を覗き込むように見下ろすカカシくんの視線の先で戸惑う。心臓がどきどきしている。あたしは慌ててカカシくんから目を背けて言った。

「………落とさないでください。」

カカシくんがかっこよくてときめいてしまったなんて口が避けても言えない。あたしはぼそりと返事をすると、カカシくんはそれを聞き逃さなかったみたいで、「ん。」と小さく相槌を打ってふわりとあたしの頭を撫でた。それで、なんだか安心してカカシくんの胸に額を預けると、そのまま眠ってしまった。





次に気が付くと、木の葉病院のベッドの上にいた。目だけを動かして室内を見回す。しばらくぼんやりしてから、ゆっくりと体を起こした。体は少し痺れていて、まだ上手く力が入らないし、頭もあまりはっきりしない。

「あ、森永さん目覚めました?気分はどうです?」
ふいに、病室の扉が開いて巡回の看護師がやって来た。愛想の良い笑顔の彼女は、あたしが眠っている間にいくつか検査をしたことと、その結果に異常は無かったことを教えてくれた。

「そうですか……」

ほっとしたのも束の間、記憶にある最後のあたしは素っ裸だったことを思い出して慌てて布団を捲った。すると、看護師さんがくすくすと笑ってあたしに言った。

「大丈夫ですよ。お連れの方が用意してくださったので。」
「そうですか。」

布団の下のあたしの体には藍色のシンプルなワンピースが着せられていた。ほっと胸を撫で下ろしたところではたと気がついて青ざめる。

「あ、あの下着も…?」
「そうですけど……」

看護師さんはそれが当然であるかのようにきょとんとして言った。そのまま「お連れさま、とても素敵な方ですね。」なんて嬉々として病室を出ていってしまった。

残されたあたしはしばらく呆然として動けずにいた。洋服だけならまだしも、下着までカカシくんに用意してもらっただなんて恥ずかしすぎる!
おまけに下着のサイズはピッタリときた。あたしは思わず赤面して頭を抱えた。

目が覚めたその日うちに帰宅の許可が出た。とは言え、あたしのアパートはもうカカシくんの部屋になっているし、どうしたものかと考えあぐねた。結果、他に帰るところもないのでカカシくんのアパートに帰ることにした。





「鍵、持ってない………」

カカシくんの部屋の前まで帰ってきたものの、鍵を持ってないことに気がついて途方に暮れる。試しにドアのノブを回してみるも………

「やっぱ、任務だよね………」

いつ帰って来るかも分からないカカシくんをここで待つのは無謀だと、踵を返すと―――

「なにやってんの。」
「カ、カカシくん……!」

振り向くと、ちょっぴり気怠げな表情のカカシくんが立っていた。カカシくんはてきぱきと鍵を開けて部屋の中に入った。あたしはカカシくんの背中を見つめたまま玄関先で突っ立っていると―――

「入れば?」

カカシくんは呆れたようにあたしを振り返った。あたしはおずおずとカカシくんの後に続く。

「お邪魔します……」

なんだか居たたまれなくて、部屋の隅で小さくなっているとカカシくんは「あんたの家でしょ。」と半眼で言った。

「で、でも……今はカカシくんの部屋だし…」
「それとも行く宛てがあるの?」
「だって…この部屋狭いし……」

言い募るあたしにカカシくんは溜め息をつく。それから部屋の隅っこで縮こまっているあたしの前まで来ると、しゃがみこんで頬杖をついた。

「な、なに……?」

カカシくんの睨むような視線に怯んで思わず身を引く。嫌な予感がする。カカシくんは口の端に意地悪な笑みを浮かべて言った。

「オレはレイ子と一緒に住んでもいいけど?」
「〜〜っ!」

顔が熱くなるのが分かる。恥ずかしくて壁をすり抜けようと思ったけれど、体はちっともすり抜けてくれない。壁と押し問答をしていると―――

「レイ子」

不意に名前を呼ばれて振り向くと、ぶつかりそうなぐらい近くにカカシくんの顔がある。

「…っ!」

心臓が跳ね上がって、息が止まりそうになる。背中にぶつかる壁はいつまで経っても通り抜けられない。

「もう、すり抜けさせないから。」

カカシくんの余裕を滲ませた瞳から目が離せずにいると―――ちゅっと濡れた音を立てて、カカシくんの唇があたしのほっぺに吸い付いた。

「〜〜〜〜っ!!!」

にやり、と満足気に笑ったカカシくん。

あたしは吸われたほっぺを押さえたまま、これじゃあ、これからの生活が思いやられると呆然とした。