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草葉の陰から

「レイ子、ついてきて。」

任務の招集を知らせる忍鳥が窓をコツコツ叩いた。鳥の足に結ばれた紙を慣れた手つきで確認すると、カカシくんはいつになく神妙な面持ちで言った。あたしは嫌な予感がして無意識のうちに唇を噛み締めた。こういう顔のカカシくんは好きじゃない。いつもみたいににやりと含み笑いで、からかわれている方がずっと気分が楽だ。あたしは開きかけた口を噤んでカカシくんを見た。まだ質問すらしていないのに最悪の返答を想像して気が重くなった。

カカシくんが任務であたしについて来いなんて言ったことは一度もないのだ。

火影様の所へ行く道すがらもあたしは一言もしゃべらないで、黙ってカカシくんの背中にくっついていた。カカシくんも何にも言わないから、あたしたちの間には重たい沈黙が流れていた。
火影室に着いて火影様の顔を見たらあたしは少しだけほっとして、肩の荷が下りたような気持ちになった。(肩の荷っていうか、肩に幽霊を乗せてるのはカカシくんのほうだけど。)カカシくんは相変わらず怖い顔のまんま。あたしは煙管をふかす火影様とカカシくんの顔を交互に見た。心臓がどきどきしている。

「先日、木の葉隠れの中忍が任務途中で失踪した件についてじゃが…」

あたしはどきり、として思わず背中がぴんとした。生身の人間のあたしは木の葉の里の中忍だった。でも幽霊になる前に何をしていたのかは全然覚えていない。気が付いたら自分の部屋にいてカカシくんが引っ越してきた。

「国境の廃墟で目撃情報があった。生死は不明じゃが…偵察に行ってくれんかの。」
「はい。」

そう言ってカカシくんが火影様から受け取った、失踪した忍のプロフィールには額当てをしたあたしの写真が載っていて、その下にははっきりと「森永レイ子・中忍」と書かれてた。





「レイ子、大丈夫?」

里の門を抜けたところでカカシくんが言った。その声色は普段通りでカカシくんが何を考えているのかはわからなかったけれど、何となく心配してくれているのだろうなと思った。

「うん、大丈夫。」

あたしはできるだけきっぱり言い切った。本当は何が何だかよくわからなくて凄く混乱していたけれど、カカシくんの部屋から里の門を出るまで一言もしゃべっていなかったから久しぶりに息をしたような感じがして、少し楽になった。





道すがらカカシくんは幽霊になる前に何をしていたか本当に覚えてないの?と言った。あたしは本当にさっぱりわからなくて「全然わかんない。」と言ったら、カカシくんはいつもみたいに呆れた顔で「やっぱりレイ子ってほんとドジ。」って言うから、あたしは何だか安心して思わず笑ってしまった。






国境の廃虚とやらは本当に廃墟で人の気配すらなかった。

「……ねえ、カカシくん…本当に入るの……?」

カカシくんは返事の変わりに任務なんだから当然でしょ、と言いたげにため息をついた。あたしはそんなカカシくんを無視して言った。

「だって、あたしがこんな気味の悪い所に行くとは思えないよ……怖いじゃん!」

どう見たって近づいちゃいけない暗さが漂っている。ひび割れだらけのコンクリートの壁にほとんどの窓は錆び付いたみたいにぴったりしまっている。所々割れたガラスの向こうには剥出しの配線が見える。

「さっさと行くよ。」
「ちょっ!待ってよ!」

あたしの事なんて放っておいてスタスタ足を進めるカカシくんの背中を慌てて追いかけた。中に入るのは嫌だけれど、こんな鬱蒼とした森の中に置き去りにされるのも同じぐらい嫌だ。

入り口の鉄の扉は錆び付いて、所々朽ちている。こんなおばけが出そうな所にすすんで潜入するのはカカシくんかホラー映画の主人公ぐらいだ。それに、ここはいかにもそういうゾンビ映画の研究所みたいな雰囲気だ。薄暗い室内で目を凝らしてみると、そこらじゅうに注射器とか点滴のチューブとかよくわからない医療器具が散乱していた。

あたしは思わず固唾を呑んだ。

「ねえ、カカシくん…あたしゾンビになってたらどうしよう…」
「ゾンビだったとしてもオレが里まで連れて帰ってあげるから安心しなよ。」

そう言ってカカシくんはあたしを振り返って―――

「それに今だって幽霊でしょ。」

自信あり気ににやりと笑った顔に完全に虚をつかれた。思わず心臓が飛び上がってどきどきする。幽霊じゃなかったら今ごろ赤面しているところだ。あたしは幽霊で良かった、なんてちょっぴりスキップしたい気分になった。

そうは言っても、建物の奥に進んで行くにつれて気味の悪い生き物のホルマリン浸けが並んでいたりして肝が冷えた。

「………」
「………」

敵の気配は無いものの異様な雰囲気にカカシくんとあたしは自然と無言になる。重たい空気に息が詰まりそうだ。

湿っぽくてカビくさい通路を進む。
一番奥にある部屋の中に入った瞬間―――あたしははっと息を呑んだ。立ち止まったカカシくんの肩がぴくりと動く。

「あたし………?」

あたしたちが見たのはあたし自身だった。
とは言ってもあたしの精神はカカシくんの隣にいるあたしがあたしだし。目の前の大きな水槽の中でチューブに繋がれているあたしはあたしの容れ物………というか多分あたしの体だ。

「……カカシくん、これ本当にあたしの体かな?」
「そうなんじゃない?」
「じゃ、あたし死んでなかったってこと……?」
「ま、そうなるね。」

あたしは死んで幽霊になったんじゃなくて、何らかの理由で精神と肉体が切り離されちゃったってこと?

訳が分からなくてちょっぴり不安になる。
それでもカカシくんの後について恐る恐る自分の体が入った水槽に近づいた。

「生きてる……よね?」
「うん。」

近づいてみると、口元からはゆっくりとした間隔で小さな泡が出ている。胸元が一定のリズムで動いていて、意識は無いけれどあたしの体は生きていた。

ていうか、あたしの胸ってあんなに………

そこまで考えて、はっとする。
目の前のあたしの体は一糸纏わぬ姿だった。急に気恥ずかしくなって隣のカカシくんをチラリと見た。カカシくんはごく冷静であたしの体が裸だってことは気にも留めていなさそうだった。任務だから当然のことなのだけれど。………なんだかいたたまれない。あたしはそっとカカシくんの隣を離れて、水槽の中で眠るあたしの体の正面に移動した。まじまじと自分の顔を見ていたら、今にも目が開きそうな気がして少しだけ怖くなった。

「……ごめんね、あたし。」

瓶に詰められたみたいになっている自分に切なさが込み上げる。どうせすり抜けてしまうと分かっているのに。手を差し伸べられずにはいられなかった。水槽の中のあたしの手にそっと触れようとしたら―――・・・「えっ…!?」瞬間、カカシくんに憑りついてしまったときの記憶がフラッシュバッグした。