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バレンタイン

複写室に行ったら、案の定カカシくんは不機嫌そうであたしは思わず苦笑した。 この時期カカシくんが不機嫌なのは毎年恒例なのだけれど……

「お疲れさま、カカシくん。」
「お疲れさまです。」

カカシくんはあたしの方を振り向きもしないで事務的な返事をした。いつもなら複写室に入ると「先輩、また雑用頼まれたの?」なんてちょっぴり意地悪そうに笑って、からかってくるのに……
今日はパソコンのディスプレイとにらめっこしたまんまだ。
繁忙期なのは分かっているけど、構ってもらえないのは、なんかちょっと寂しいかも………

カカシくんのデスクの上には華やかなチョコレートのラッピング袋が端っこに追いやられて山を作っている。多分、レセプションレディの女の子たちからなんだろうな…とちょっぴりもやもやした気分になった。

ふと、デスクの上に置かれた飲みかけの缶コーヒーと栄養機能食品のバーが目に入る。

「……カカシくんもしかして、徹夜だった?」

忙しそうにしている中、話しかけるのは申し訳なくてカカシくんの顔色を伺うように尋ねた。

「…ん、シャワーだけ浴びに帰ったけど。それより先輩、オレに用事あったんじゃないの?」

相変わらず、カカシくんはパソコンのディスプレイを見詰めたまま言った。長時間作業をしているからか、今日は黒い縁のメガネをかけている。馬車馬のように働くカカシくんをよそにメガネ姿も格好いいなぁ、なんて思ったのは秘密だ。

「あ、うん。ほら、今日バレンタインでしょ?お弁当作ってきたから、一緒に食べようと思ったんだけど………忙しいみたいだし、空いたときに食べて。ここ、置いとくから…」

あたしはできる限りカカシくんの邪魔をしないように、簡潔に用件を伝える。あわよくばカカシくんとお昼食べようと思ったのだけれど。今日は無理そうだ。ちょっぴり残念だ。

クシナさんもミナト部長と一緒に社食に行ってしまったから、バレンタインなのに今日のお昼はひとりか……
少しだけ虚しい気持ちになって複写室を出ようとしたらーー

「もう終わるからちょっと待ってて。」

カカシくん呼び止められた。嬉しくてつい、勢いよくカカシくんを振りかえってしまった。カカシくんはキーボードを打つ手を止めて、あたしを見た。

「どうせ、ミナト部長とクシナさんいなくて一人で食べるんでしょ?」

その顔は無表情で、すぐパソコンに向き直ってしまった。けれど、あたしときたら、今日はじめてカカシくんの顔を見て話せことに嬉しくって子供みたいな反応をしてしまう。

「すごい!なんでわかったの!?」
「……そんなため息つかれたら嫌でもわかるでしょうよ。」

え、あたしため息ついてた?後輩を気遣ったつもりが逆に気を遣わせてしまうなんて…!思わず頬っぺたを両手で押さえる。そうしたらカカシくんが「ほら間抜けな顔してないで、そこ座って。」と作業台の横にパイプ椅子をだしてくれた。

「カカシくんてほんとすごいよね〜。こんなに可愛いポスター作っちゃうんだもん!」

お弁当を広げながらバレンタインのイベントフライヤーが貼られたボードを指差す。カカシくんの作るバレンタインフライヤーは毎年好評なのである。ピンクと赤で統一されたポップでキュートなフライヤーをカカシくんがデザインしたなんてだれも想像つかなそうだけど。

「…………」

話題を振ったもののカカシくんから返事はない。あたしはやっぱり忙しい所を邪魔しちゃったかな…と不安になった。恐る恐る向かいに座るカカシくんの様子を伺う。

「……カカシくん?」
「……………なに?」
「なに、って……顔真っ赤だよ?もしかして、また体調崩したんじゃない?」

カカシくんは頬っぺたをほんのり上気させてお弁当を凝視している。あたしは熱でもあるんじゃないかと心配になって机に身を乗りだした。そのまま自分の手をカカシくんのおでこに持っていく。

甘いものが苦手なカカシくんのことだから、繁忙期とバレンタインチョコ、ダブルでげんなりしていると思って、チョコの代わりにお弁当をもってきたのは、我ながらやっぱり正解だったなあと思う。
多忙なカカシくんはきちんと食事を摂らないことも少なくなくて、疲労でダウンすることが多々ある。複写室でカカシくんが倒れているのを初めて発見したときは飛び上がりそうになった。

後日、ミナト部長に「カカシ仕事はできるんだけど案外、自己管理が疎かなんだよね〜。よろしく頼むよ!」なんて爽やか営業スマイルで言われてしまったのだ。成り行きでカカシくんにお弁当を差し入れたのがきっかけで「カカシくんが倒れる前にごはんを食べさせる係」を今現在まで続けているのである。(毎回、手作り弁当ってわけじゃないけど…)

「いや、その…これ……愛妻弁当みたいだね。」
「…っ!」

カカシくんは手で口元を押さえて言った。その顔は耳まで真っ赤だ。あの、カカシくんが照れている。予想外の感想を貰って、つられてあたしまで恥ずかしくなってきた。だって、愛妻弁当って…!

「……ご、ごめんね!バレンタインだから気合い入れすぎちゃった!」

あははと笑って誤魔化す。バレンタインだからと野菜を可愛く型抜きしたり、調子に乗ってご飯にハートのデコレーションをしてしまったのだ。カカシくん嫌じゃなかったかな。今さらだけど不安になってきた。

「…ありがと、嬉しいです。」
「い、いえ!こちこそ!」

少し照れくさそうに、でも素直にお礼を言われて、ついかしこまってしまう。大したものじゃないのにそんな風に言われるとにやけてしまいそう。その後は微妙な沈黙が流れて、あたしたちは黙々とお弁当を食べた。

「先輩、」
「へっ?…な、なに?」

マスクをしてないカカシくんはやっぱりケイメンだなあ、なんてぼんやり思った。急にカカシくんに呼ばれて、慌てて返事をしたら、「ぼーっとしすぎだから。」と呆れた顔をされる。

「……はあ、米粒ついてるってば。」
「え!うそ!」

カカシくんは呆れたようにため息をついて、自分の頬っぺたを人差し指でとんとんした。
あたしは慌てて、自分の手を頬っぺたに当てる。そうしたら、半眼になったカカシくんにまたため息をつかれた。

「反対。」

すっとカカシくんの腕が伸びてきた。指先で頬っぺたを撫でられてる。あたしはどきっとして思わず息をのむ。そして、くっついた米粒を取ったかと思うとーーあろうことかカカシくんはそれをそのままパクっと食べてしまった。

カカシくんがにやっと含みのある顔で笑う。急に羞恥心が湧き上がってきた。自分でも顔が熱くなるのを感じる。

「顔真っ赤。キスでもされると思ったの?」
「ち、違うし!カカシくんがっ!」
「オレがなに?」

意地悪に微笑みかけられて、あたしは言葉に詰まってしまう。カカシくんが目を細めて、くすっと笑う。そして、くいっと顎を持ち上げられてーー

「ま、先輩がお返し欲しいって言うなら今あげてもいいけど?」
「け、けけ結構です!」

カカシくんがぐっと顔を近づけてきた。なんだか良からぬ雰囲気を察知して、あたしはガタンと椅子から勢いよく立ち上がると、慌てて複写室を後にした。