目の前にカカシくん、後ろにコピー機。
横に逃げようにもカカシくんの腕に阻まれて身動きがとれない。
……所謂、壁ドンというやつをされているのである。(正確にはコピー機ドンだけど!)
広報部のカカシくんは会社のフライヤーを全部一人で手掛けるエリートグラフィックデザイナーだ。
給湯室の隣にある複写室はコピー機やラミネーターがあって、大量にコピーをするとき以外は一般社員はあまり使わない。そんな部屋の一角に置かれたデスクがカカシくんの仕事場なのだ。
あたしはといえば、総務部でもっぱら雑用をしている平社員。今日も会議の資料の準備を頼まれて複写室に来たのだけれど、どうしてこんな状況になっているんだろう……
「な、なにかな?……カカシくん。」
無言でカカシくんに見下ろされて、心臓がどきどきと脈打つ。ただでさえも複写室に来たらカカシくんとふたりきりで落ち着かないというのに。
後ずさろうにも後ろにコピー機があって後退できない。あたしはカカシくんと距離を取ろうと持っていたファイルで顔を隠して壁を作った。
「……なんでガードするの?」
「だって、近いよカカシくん……」
あさっりファイルをどかされて、カカシくんとばちっと目が合う。カカシくんはちょっとだけ不機嫌そうだ。あたしは困って半泣きになってカカシくんを見上げた。自分でも頬っぺたが火照ってくるのがわかる。だって、今日に限ってカカシくんはマスクをしていなんだもん。
「先輩、」
「は、はい…なんでしょう…」
整った顔で素顔で上から覗きこまれて、心臓が跳び跳ねた。ちょっぴり鋭い視線に思わず敬語になる。あたしの方が先輩なのに!
「ミナト部長のこと好きなの?」
カカシくんの質問に驚いて「ええええ!?」と素頓狂な声を上げてしまう。そんなあたしとは対照的にカカシくんは相変わらず不機嫌そうだ。
「な、なんで?そんなわけないよ!」
「…昨日、下のカフェに二人でいたでしょうよ。」
「ち、違うよ!あ、あれはその…!」
言えるわけがない……
カカシくんのことが好きだから相談してた、なんて!
営業部のミナト部長はあたしの先輩であるクシナさんと良い感じなのだ。それで、あたしがカカシくんのことを好きだと知ったクシナさんが「それならミナトに相談すると良いってばね!」と言ってくれたのだ。詳しくは知らないけれど、ミナト部長とカカシくんは昔からの知り合いらしい。
「じゃあ、なに?」
カカシくんは鋭さの混ざった声で言った。さっきよりもぐっと距離を詰められる。カカシくんの長い足があたしの足の間に差し込まれて、スカートの裾が折れ曲がっている。
ちょっぴり怒っているような、でも熱っぽく濡れた瞳で「先輩…」と見つめられる。あたしの心臓はばくばく音を立てた。声を出そうとしても言葉に詰まってひゅっと空気の音しか出ない。
「カ、カカシくん!そういう目で見つめれば女の子はみんな喜ぶと思ってる!?残念だけど、あたしはほだされたりしないから!」
あたしはやっとのことで絞り出した言葉を捲し立てるように言った。カカシくんの熱っぽい視線に、もしかしたら、なんて期待して傷付くのは嫌だった。
「ふーん。」
ほんの一瞬だけ、カカシくんの瞳から感情が消えたように見えた。あたしは傷つけてしまったかもと不安なって「カカシくん…?」と呼び掛けた。
「そんな真っ赤な顔でよく言うよ。」
ばちっと重なったカカシくんの瞳は意地悪そうに光っている。あたしは本能的にまずい、と思ったけれどカカシくんから目を反らせない。怯んでいるうちにカカシくんの手があたしの背中に回ってきてーー
カカシくんがすっと屈んだと思ったら、頬っぺたにキスされた。
ちゅっと濡れた音がして、カカシくんの唇が離れていく。
「〜〜〜〜〜っ!」
頬っぺたを押さえて悶絶しているあたしをよそに、カカシくんはニヤリと笑みを浮かべて言った。
「またしてほしくなったらいつでも来なよ、先輩。」
カカシくんは満足そうに口の端を吊り上げて「そのときはこっちだけどね?」と人差し指でふにっとあたしの唇を押さえた。
あたしは耐えきれなくなって、カカシくんを突き飛ばすと、会議の資料も投げ出して一目散に複写室を飛び出した。