揺れる気持ち
「名前ー!旦那が迎えに来たわよー!」
「ちょ、違うから!」
「いいじゃない、同棲してんだからさっ!」
「だーかーらー!違うって!」
にやにやしている同僚を睨みつけて、ロッカーからバッグを出して帰り支度をする。
あたしがカカシさんの家で居候生活をしていることは、お店のみんなも周知しているのだけれど、女だけの職場とあって、あれやこれやと尾ヒレがついて最近はもっぱら話の種にされている。みんなが考えているようなロマンスなんて微塵もないのに。
さらにカカシさんが倒れて、あたしが早退した日以来、みんなの中でカカシさんはあたしの旦那ってことになってるらしい。それに最大の原因は――
カカシさんが毎日迎えに来るようになったこと。
『嘘でもいいから、約束して……絶対帰ってくるって…』あたしがあんなことを口走ってしまったせいか、カカシさんはあの日から、とんでもなくあたしを甘やかしてくる。それが、あたしにとってはすごく苦しかった。
――だって、カカシさんのことが好きだって気付いてしまったから。
カカシさんに優しくされるたび、嬉しいはずなのに、まだ始まってもいない恋の終わりを想像して気が重くなる。
どんなに想い合っていても、忍という職業には常に死の影が憑ついてまわることをあたしは痛いほど知っている。カカシさんとの約束も所詮は口約束。この世に絶対なんてない。
でも、それを口にするのはおこがましかった。忍の……慰霊婢の前であんな風に佇むカカシさんをこんな理由で拒絶したりできなかった。
だから、あたしはいつも通りでいることを選んだ。あたしたちは家主と居候、そういう関係。
「も〜!カカシさんってば、毎日来なくていいのに〜!」
「なんで?」
「なんでって……みんな勘違いしてるよ…あたしたちが…その、付き合ってるんじゃないかって。」
軽いノリで言った言葉に、何を今さら、みたいな顔をされてしまって、思わずたじろいだ。しどろもどろになりながら、お店のみんなの噂の恰好の的になっていると伝える。
「ま、いいんじゃないの?言わせておけば。」
「で、でも……」
にこっと微笑まれて何も言い返せなくなる。だって、カカシさんはあたしと噂されていても少なくとも嫌ではないということだ。あたしはカカシさんの考えていることが読めなくて唇を噛んだ。こんな風に言うなんてズルい。
「それとも名前は嫌?オレと噂になるの。」
「……っ!」
急に立ち止まったカカシさんにぎゅっと手を握られて、心臓が飛び出しそうになった。いつもの冗談でしょ?自分にそう言い聞かせてカカシさんを見上げたら、いつになく真剣な顔であたしを見ている。
「ねえ、どうなの名前?」
カカシさんは声のトーンを落として、逃れられないような視線を向けてくる。
「……嫌ではない、です。」
あたしは恥ずかしくて、カカシさんの顔を見ていられなくて思わず俯いた。でも、カカシさんはそんなあたしのことなんてお構い無しに「大変良くできました!」と言って、あたしの頭をぐしゃぐしゃに撫でた。
びっくりして顔を上げたら、カカシさんは満足そうににんまり笑って上からあたしを見下ろしている。なんだ、やっぱりいつもの冗談か。そう思って、ちょっぴり傷ついていたらカカシさんの手が伸びてきた。おでこにかかった前髪をすーっと指で掻き分けられて――
カカシさんの目が弓なりに細められて、甘ったるい視線で見つめられた。
「……っ」
心臓がばくばく音をたてる。あたしはその視線に耐えきれなくなって反射的に目を瞑った。「はあ……もう、可愛すぎでしょ。」なにやらカカシさんが大きな溜め息をついている。あたしは恐る恐る目を開けた。
「カカシさん……?」
目が合うとカカシさんは困ったように眉毛を下げて笑った。それから「帰ろっか。」と言った。