青春のかけら
午後七時、神室町天下一通り入り口にて。
春日は角の店の壁に寄りかかりながらタバコを吸い、ある人物を待っていた。
「火野の奴おっせぇな……」
短くなった煙草を地面に落とし、靴の裏でグリグリと火を消す。
二本目に行こうとポケットからタバコの箱を取り出すと、箱の中が空っぽなのに気が付いた。
チッと舌打ちをして、火野はまだ来ないし近くのコンビニにタバコを買いに行こうと一歩足を踏み出した時、遠くの方からバイクの激しいマフラー音が聞こえてきた。
「なんだぁ? やけに懐かしい音だな」
若かりし頃によく聞いた暴走族の走り去る音。それを今の時代にも聞けるとは何だか変な感じがする。
そう思いながら音の方に目を向けていると、車の影から姿を現したバイクの集団はズラズラとこちらに向かってやってきた。
「春日の兄貴ィ!」
「なっ……火野かよ!」
白の特攻服を着た火野を先頭に何台ものバイクが天下一通りの入り口で停車し、何事だ?と不思議そうな顔をした通行人で春日の周りは大渋滞になってしまった。
「お待たせしてすいません! 予想よりちっと時間かかっちまって」
バイクから降りた火野はスタンドを下ろして停車させ、サイドミラーを覗きながら乱れたリーゼントをささっと整えた。
「お前まさか、いつも茨城からここまでバイクで来てたのか?」
「当たり前じゃないっすか! 俺らバイクが命の暴走族っすよ」
「マジかよ……十代ってすげぇわ」
「オイおめぇら! この方が春日の兄貴だ! ちゃんと挨拶しろ!」
「春日の兄貴ィ! 今日はよろしくお願いしやす!」
ただでさえマフラー音で辺りはうるさいというのに、気合の入った男達の声で更に通行人のざわめきは強まる。
「わーったから静かにしろ! とりあえず場所移すぞ」
春日は火野の背中を叩き、「後ろに乗せろ」と言って神室町から離れるよう指示をした。
「ここなら人通りも少ないし間違って警察が来たりしねぇだろ」
一時的に公園前通りに場所を移した火野達は、春日の指示で全員エンジンを切ってからバイクを降りた。
「……で、今日はどうしたんだよ? 大事な話があるとか言ってたけどよ」
「実は兄貴にプレゼントがあるんです!」
火野は後ろにいた構成員が渡した紙袋を受け取って、嬉しそうにニコニコ笑いながら春日にそれを渡した。
「おいおい、何だこりゃ……」
「春日の兄貴専用の特攻服っす!」
紙袋から姿を現した特攻服は普段春日が着ているスーツと同じ赤色で、背後には"神室町最強 春日一番"とデカデカ刺繍されていた。
そして左胸のポケット上部には"喧嘩☆上等"と印刷されている。
「裏地も見てください! 俺のヒョウ柄と色違いなんですよ!」
「お、おう……」
あまりにも嬉しそうに話す火野に嫌な顔ができず、春日は無理やり口角を上げながら彼の話に相槌を打つ。
そのおかげでどんどん話は勝手に盛り上がり、最終的に春日専用のヘルメットが登場した時にやっと春日は口を開くことができた。
「一旦落ち着けお前ら!」
「わっ、どうしたんすか兄貴?!」
突然大声を出した春日に驚いた火野達は、目を丸くしながら体を硬直させた。
はぁ、と春日のため息が響く。
「お前らの気持ちはありがてんだけどよ、俺は四十のおっさんだぜ? それがこんな派手な特攻服着て街ブラつくなんざぁさすがにできねぇよ」
「何言ってんですか、兄貴はおっさんなんかじゃないですよ。それにこの間"昔暴走族に憧れたりもしたなぁ"って言ってたじゃないですか」
「確かに言った。言ったけどな、それとこれとは話がべ……」
「バイクに乗っちまえばそんな恥ずかしさ吹っ飛びますから! さ、とりあえず乗って」
火野達は春日に特攻服とヘルメットを強引に着せ、火野のバイクの後ろに跨るよう促す。
「さ、行きましょう!」
「ちょっ……行くってどこに?」
「俺らの地元、茨城ですよ!」
は?!と驚いた次の瞬間、バイクは激しいエンジン音を立てながら身を震わせて夜の街を勢いよく飛び出した。
「振り落とされないようしっかり掴まってて下さいよ」
火野の言葉がポツンと神室町に置いてけぼりにされたような感覚に陥るくらい、春日を乗せたバイクはハイスピードで道路を走り抜けて行く。
周りの景色はどんどん変わっていき、あっという間に新宿を抜けて次の街へ突入していた。
「ひっ火野! もちっとスピード落と」
「右折しますよ!」
「うおおおぉぉ!」
傾く車体に必死でしがみつく。
まだ数分しか乗っていないのに春日の唇は風でカサカサになり、気を緩めると唾液が風に飛ばされてしまいそうだ。
バサバサと激しく特攻服の裾がなびいている。
少し慣れてきた春日がチラリと後方に目を向けると、二人乗りをして後部座席で旗を持った者が走っていて、その更に後ろには何台ものバイクが甲高いマフラー音を鳴らしながら続いていた。
「はは、すっげぇわ」
始めは乗るのを遠慮していた春日だったが、いざ乗ってみると快感で思わず笑みがこぼれ、いつのまにか恥ずかしさなど消え去っていた。
「火野ォ! バイクって気持ちーなぁ!」
「はい! マジでサイコーっすよ!」
ゲラゲラと愉快に笑う。
そろそろ東京都を抜けようとしている頃、聞きたくなかったサイレンの音が後方から耳に届いた。
「いよいよ来ましたね」
火野はチラリとサイドミラーに視線を向けると、チカチカと赤く光るものを確認してクスリと笑った。
「そこの暴走族止まりなさい」
赤いライトを上部で光らせた白い車体――パトカーから警察官の警告がこちらに向かって発せられた。
「おい火野、大丈夫かよ」
「任せてください……よ!」
こんなにも早いのにこのバイクはまだスピードが出るのか。春日はいよいよ自分の身に危険を感じ、バイクを掴んでいた手を火野の腹部に回した。
「おめぇらしっかり付いて来いよ!!」
「ハイッ!!」
火野の大きな叫び声は後ろに続く者達に届き、気合の入った返事が綺麗に揃って返ってきた。
ここからの春日の記憶はあまりハッキリしていない。
どんどんパトカーのサイレンが遠くなっていったのは感じたが、とにかく振り落とされないよう体に力を入れる事に必死だった。
*
「大丈夫ですか兄貴?」
「はぁ……はぁ……お、おう……オェェ!」
暗闇で姿はハッキリ見えないが、春日の嘔吐物が川の中へ落ちて行くのが音と匂いで火野に伝わった。
「すみません。兄貴が酔いやすい体質なんて思わなくて」
「阿保か! 体質とかそういう問題じゃねえんだよ!」
警察を振り切ったのは良いものの火野の運転はあまりにも乱暴で。
「めちゃくちゃ激しいジェットコースターに長時間乗ってたような気分だ……あぁー気持ちわりー……」
春日は出すものを全部出すとその場に仰向けになって寝転がり、星がチラホラ輝く夜空を見上げて深呼吸をした。
火野が言うにはもうここは茨城らしい。
住宅街から少し離れた静かな川沿いにバイクを停め、春日を休めるために休憩を取る事となっていた。
「つうかよ、おめえ何で俺を茨城に連れてくるなんて言ったんだ?」
寝転がっている春日は、隣でヤンキー座りをしている火野を虚ろな目で見上げる。
「俺らの住んでる茨城を兄貴に知ってもらいたかったんです。それと、俺のダチや家族にこんなにかっけぇ人がいるんだって紹介してやりたいんですよ。兄貴の話をしたらみんな逢いたがってましたから」
「……そうかよ」
そんな風に言われて嬉しい春日はポリポリと頬を指でかいた後、照れ隠しのつもりかタバコを探し始めた。
「クソ、そういえばあっち出る直前にタバコ切らしちまったんだった……おい火野、おめえタバコ持ってるか?」
「俺ぁタバコは吸わない主義なんです!」
マジかよ、と春日が驚いて身を起こした時、集団の後ろの方から男達が揉めている叫び声が聞こえてきた。
「こんな所で邪魔なんじゃコルァ! さっさとどかんかい!」
ズカズカと集団の中を歩いてくる小太りの金髪ヤンキーと後ろに続く若いヤンキー達は、中心にいる春日と火野の元へ一直線に進んできた。
「なんだぁお前? こんなだだっ広い所で邪魔とかイチャモンつけてんじゃねえよ」
さっきまで少年のように爽やかに笑っていた火野は、まるで別人の如く表情を変えて睨みつける。
「よく見たらくっそダセェ特攻服なんか着ちゃってる暴走族かよ。茨城にいるっつー噂は聞いた事あったけどまさか本当に今時いるとはなぁ」
ギャハハハハ、とヤンキー達は声を揃えて笑う。
馬鹿にした笑いは簡単に火野の怒りに火をつけたらしく、立ち上がって距離を縮めると力強く睨みつけた。
「俺らは俺らなりの道信じて突っ走ってんだ。それをてめえらが馬鹿にするのは許さねぇ」
「……プッ。俺らなりの道だぁ? とことん笑わせてくれるじゃねぇか」
馬鹿にした笑いは更に大きくなり、周りを囲んでいた族のメンバー達も立ち上がって彼らに睨みを効かせる。
「ちょっと落ち着けお前ら。そんなんで喧嘩おっ始めるなんて勘弁してくれよ」
見ていられなくなった春日はやれやれと呆れ気味にゆっくりと立ち上がり、火野と小太りの金髪ヤンキーの間に割入った。
「こっちは長時間バイクで振り回されて疲れてんだ。今日は勘弁してや……」
「ギャハハハハ!」
落ち着かせるために火野の方へ体を向けた瞬間、小太りの金髪ヤンキーは腹を抱えながら春日を見て笑いだした。
「神室町最強だってよ! さいっこーにダッセェ! こんな髪チリッチリのオッサンがあの神室町で最強なんたぁ、新宿も終わってんなぁ!」
「……あー、こりゃダメだな。オイ火野、こんな奴ら放っておいて行こうぜ」
このままでは火野がキレてしまう、そう危機感を感じた春日はさっさとこの場を離れた方が良いと判断して火野の肩をポンと叩いた。
……つもりがそこに火野はおらず、血相を変えて既に小太りの金髪ヤンキーに殴りかかっていた。
ドサッと地面に倒れた音が響く。
「春日の兄貴を馬鹿にするのだけは許さねぇ! それに兄貴のチリチリパーマはなぁ、サイコーにかっけえトレードマークなんだよ!」
「やりやがったなこのガキ……」
やるぞおめぇら!と火野の号令がかかり、春日の止める余地など一切なく喧嘩が始まってしまった。
「おいおいマジかよ……」
出す物全部出したとはいえ、春日はまだバイク酔いで気分が悪い状態だ。
しかしこのまま見ているだけじゃあ兄貴分として立場がない。
「兄貴! 兄貴は休んでて下さい!」
「うるせぇ! めんどくせーからさっさと終わらせるぞ!」
喧嘩に加担した春日を見て火野は口角を上げ、「はい!」と元気よく返事をして目の前のヤンキーに拳を振り落とした。
「覚えてろよ!」
ボロボロになったヤンキー達は殴られた部分を手で押さえながら火野達に向かってそう吐き捨て、ゾロゾロとその場を去っていく。
「てめぇらなんか明日には忘れてらぁ!」
ペッ、と口内に溜まった血を吐き、火野は乱れたリーゼントをかき上げた。
怪我をしている者がいるとはいえみんなまだピンピンとしていて、伊達に喧嘩をしてきていないのだと春日は火野達を見直した。
「あれ、兄貴いつのまにかタバコ買ったんすか?」
自分の隣でタバコに火を付け始めた春日を見て、火野は驚いた顔をした。
「タバコくれたら殴らないでやるぞーなんて脅したら箱ごとくれたんだよ。笑っちまうよな」
「アイツらカッコだけでしたね。だっせぇ奴らだ」
やっと吸えた煙を味わうように深く吸い込み、澄んだ夜空に向かってゆっくり吐き出していく。
春日はタバコを咥えながら大きく伸びをすると、「あーー!」と声を上げた。
「運動したら気持ちわりーの吹っ飛んだわ。出すもん出したし腹も減ったな」
「そうだ兄貴、中華をたらふく食える良い店があるんですよ。なぁ!」
火野は近くにいた茶髪の男の肩に腕を回し、春日の前にぐいっと引き寄せる。
「コイツの実家が中華料理屋なんですけど、そりゃあもうサイコーにうまいんですよ。集会のあとはいつもみんなで食いに行くんで、兄貴にも是非ご馳走してやりたいんす」
「中華か。ちょうどビール飲みながら餃子でも食いてぇと思ってた所なんだわ」
「じゃあ決まりっすね!」
ワァァと歓声が湧き上がり、辺りにバイクのエンジン音が響き渡る。
それは勘弁してくれと断っていた族の象徴の旗を、中華料理屋に向かう道だけは持つのを許した春日だった。
「まぁ、たまにはこういうのも悪くねぇな」
2019.1.5
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