Beyond.


 一通り行為が終われば臨也はすぐに背を向け、儀礼的にシャワーを浴びてそのまま部屋を後にする。目を閉じて静かに息をし、眠ったふりをしてその背を送るのが静雄にとって暗黙のルールだった。艶やかに光る黒髪の一本一本を、特徴的なコートにところどころ拠った皴のひとつひとつを、無意味にただ数えながらその時をやりすごす。

 一緒に眠ることもない、朝を迎えることもない。ただ機械的に行為を重ねて、終電が来る前に臨也は部屋を後にする。それが二人のルールだった。

 シャワールームには常に買い置きの下着が一式そろえてある。買い置きの歯ブラシや剃刀を買えと命じたのは臨也ではない。たわいのない話だ。シャワーを浴びた後着替えがないのは嫌だとぼやかれ、歯ブラシの予備もないのかと嫌味を言われ、その度次に彼が来る前にはどういうわけか買い揃えてしまう。何故なのか自問しても答えは出ない、ただ言い訳めいた言葉だけが浮かぶ。

 臨也には沢山の女がいる、相手は静雄でなくても構わないのだ。だからこうして抱き合う時間は純粋に彼の気まぐれ、静雄を組み伏せる愉しみからきたもので、それ以上でも以下でもないと、わかっている。彼が面倒になってしまえば、この不毛な関係は終わりだ。どこにも行き着く先はなく、そのまま消えてしまうだろう。

 わかっているから、自分に腹が立つ。彼を迎え入れるためだけに整えられたこの部屋に。飽きられないために用意した全てに。臨也はもう静雄の部屋の全てを知り尽くしているのに、静雄は一度も彼の部屋に足を踏み入れたことがない。彼は静雄の中を土足で踏み荒らしていくくせに、静雄は彼に何も残せない。わかっている。わかっているのだ。それでもどうしてか、気まぐれを起こしてみたくなった。

 行為を終えた臨也の白く綺麗な横顔を、下から強引に引き寄せて唇を重ねる。深く舌を絡ませて無言のうちに続きを求めた。普段は二度も行えば身を離す彼の腰に、後ろから腕を回してキスと深い愛撫をねだる。挑発的に体を投げ出し、全身で行為を求めた。まるで安い女のように、誰にでも容易く足を開く娼婦のように。

 何度目になるのかわからないほど行為を繰り返す中で、彼は一度だけ「終電過ぎちゃうよ」と呟いたが、それがどうしたと静雄が言うと、そうだねと薄く笑った。鴉のように黒く眇められた美しい瞳に、心の奥底まで射抜かれた気がした。


 ようやく行為を終えたとき、時計の針は12:00をとっくに回っていた。日付は変わった。静雄の20回目の誕生日は、誰からも祝われることなくひっそりと過ぎていった。
 こんな化け物の生まれた日を祝福してくれる人間などいるはずもないと知っている。知っていてどうして、その日が終わる瞬間に、この男に傍にいてほしいと思ってしまったのだろう。長く遊べる玩具としての価値しか静雄にはないとわかっているのに、この男の気まぐれな体温が恋しくなってしまうのだ。

 あーあもう終電の時間過ぎちゃったじゃない、臨也はまたあの薄い笑みを浮かべる。しょうがないな、今日のシズちゃんはすっごくやらしかったから、泊まっていってあげてもいいよ。今日の日付も、その意味するところもどうせ全て知っているくせに、まるで何も知らないような素振りで彼は平然とそう言った。

 どんなに残酷に扱われても結局離れることのできない静雄を、まるで嘲笑うかのように優しい仕草で抱き寄せられてキスをされる。おやすみと囁く声の甘さに、ああ、絡めとられた、と絶望めいた感情だけが、泡のように浮かんで眠りの底に消えていった。

End.
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