linaria


冷たい雨の降りしきる中、何をするでもなく。先輩は一人、茫然としていた。

「バイオレット先輩!?」

振り返った先輩の瞳はいつになく哀しい色をしていて。先輩は俺を見上げてはきたが返事をする気力すらないのか、相変わらず茫然としたままだった。血の気はすっかり引いてしまっていて。びしょ濡れになった服が、かなりの長時間雨に降られて続けていたことを物語っていた。不意に先輩は目を細め儚くも美しい笑みを浮かべた。

「ミッドフォード、」
「先輩?」

糸が切れた操り人形のように崩れおちそうになった先輩を、咄嗟に抱き止めた。身体が冷えすぎて気絶したのか、貧血なのか、原因は定かではない。何が此処まで先輩を苛んでしまったのかも、俺には見当がつかなかった。先輩の身体は完全に冷えきってしまっていて。見た目以上に華奢で、想像以上に軽いことも相まってか。どうしようもなく痛々しかった。

医務室まで先輩を運び診てもらうと、幸い命に別状はないが、かなり重症な貧血ということだった。先輩が横たえられたベットの傍らの椅子に腰を下ろし俺はひとしきり。ただ先輩を見守っていた。俺が居たところで、何ができるという訳でもないというのに。どうしても、俺は先輩を一人置いていく気にはなれなかった。

そうするうちに不謹慎ながら、俺は先輩の寝顔についつい目がいってしまっていた。美しさに惹かれてしまうのは人の性なのだろうか。先輩は容姿が中性的でとても綺麗だ。何処か影があるがそれは決して不快なものなどではなく。憂いを帯びた表情と相まって、その美しさを幻想的なものにしていた。漆黒の髪は未だ少し湿っていて、頬は病的な程に白い。しかし、先刻のように青ざめてはおらず。体温が戻ってきたようなので、少し安堵した。

俺は静かに眠る先輩の姿に、ある美しい姫君の話を連想してしまった。その姫君も先輩のように黒い髪に白い肌をしているというから尚更だった。毒林檎を食べて息絶えてしまうが、紆余曲折を経て生き返り目をさましたはずだ。硝子の棺に納められたその姿は、ただ眠っているだけのようで酷く美しかったらしい。

普段から思っていたことではあるが、先輩はとても美しくて。ずっと、ひたすら、みていたくなってしまう。

「ねえ、ミッドフォード、どうしたの?」
「は、はい!っ?!」

いつの間にか先輩は目をさましていて。俺の顔を覗き込んでいた。どうやら俺は完全にみとれてしまっていたらしい。

「バイオレット先輩!大丈夫ですか!?」
「たぶん?」

先輩が意識を取り戻したことに胸を撫で下ろしつつ。俺は恥ずかしさと罪悪感や焦燥感や、よくわからない複雑な感情でいっぱいになっていた。先輩が特に気にする様子もなく至極平然としているのが、せめてもの救いだった。しかし、物凄く気まずくて仕方がない。それに、今更ながら冷静になってみれば。本来なら最初に先輩方を連れてくるべきだったのではないだろうか。

「僕、先輩方を呼んできます!」
「待って、ミッドフォード」

突然服の裾を引っ張られた俺は。状況をよく把握仕切れないままに、どうにか受け身を取ることくらいしか、出来なかった。

「せ、先輩?!」

俺は先輩の寝ていたベットに両手をついていて。その両手の間、俺の真下には先輩がいて。俺が先輩を組敷いたような態勢になっていた。

「ス、ス、スミマセン!!本当に!!」
「だから、待ってて」

先輩は慌てて退こうとした俺の服を掴んで引き止めた。俺は何故こんなにも焦っているのだろうか。それにしても、非常に先輩に失礼かつ申し訳ない態勢だ。おまけに、この上なく落ち着かない。とりあえずこの態勢だけでもどうにかしたいのだが。何故か先輩は俺の服を掴んだきりはなそうとはしてくれない。

「先輩、どうしたんですか?」
「ミッドフォード」

じっと俺をみつめてくる先輩はとても哀しそうな表情をしていて、俺は思わず言葉につまる。俺の服を掴んだままの左手は震えていて、綺麗な瞳は潤んでしまっている。その先輩の様子に俺は痛い程、苦しく切なくなった。どうして、こんなにも胸が痛むのだろう。殆ど意識を失いかかった状態で雨の中一人、茫然としていた先輩をみつけたときと同様だった。先輩の華奢で白い手に、そっと手を重ねる。少しでも先輩の憂いが消えるようにと願いながら。

「ねえ、ボクといるの、イヤ?」
「それは絶対にないです!!」

いつだったか絶対ということは成立し得ないと耳にした。しかし、俺はそれを覆せる自信がある。何が何でも覆してやろう。

「よかった」

漸く安心してくれたのか、先輩は涙目になりながらも微笑んだ。それは冷たい雨の中で俺にむけてくれたものと同様に、温かく柔らかい表情だった。先輩は儚げで痛々しいながらも、とても美しかった。

俺は滴る寸前になっている、先輩の目元の雫をそっと拭った。



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