nocturne




漆黒の髪が視界に入ってきたと思ったら、先輩がオレを覗き込んでいた。

「好きだよ、チェスロック」

ほんの直前まで旋律を奏でていたのが信じられない程、オレは派手に音程を狂わせてしまった。同時に耳障りな不協和音が響き渡る。

「チェスロックの演奏、ほっとするんだ」
「ア、アリガトウ、ゴザイマス」

珍しくフードを被っていない先輩。絵を書くのにも少し飽きちゃったと、言いながらオレの隣、真横にピアノを背にしてストンと座った。オレとは正反対に座るときにちらりとみえた、日をまったく知らない首筋は、真っ白で綺麗だった。

「聴かせてよ、続き」

相変わらず神出鬼没で、突拍子もない言語をする先輩。気が気ではないオレをよそに先輩は曲の続きを弾くよう急かしてくる。オレがその曲を弾いていたのは、ほんのちょっとした気まぐれだった。しかし、偶然にも先輩はこの曲が好きらしい。オレは先輩にねだられるままに演奏を再開する。それにしても他の誰でもなく、先輩に演奏を誉められるのはかなり、いや、ヤバイくれぇ最高に嬉しいぜ。

(「チェスロックすごく暇なんだけど」)
(「面白いことしてよ、チェスロック」)
(「チェスロック、聞いてるの?」)
(「ねえ、チェスロック」)

先輩は突然オレの前に現れては、ちょくちょく構ってくる。それ自体は、正直メチャクチャ嬉しいし。オレは先輩と過ごす時間が、とても好きだ。ただ、少し疑問というか不可思議に思うことがある。ピアノ片手に、オレは先輩に話しかけた。

「先輩も寮弟やってるんスよね?」
「一応そうなるのかな?」

オレは思わず吹き出しそうになってしまった。一応って何なんだ、しかも聞き返されちまった。オレが先輩の寮弟をしているように、余程の理由でもない限り先輩も誰かの寮弟をしているはずだよな。

「それってどういうことっスか?」
「面倒だから、断ってたんだけど」

オイオイ先輩、本当にそんな理由で断ったのか、マジかよ。前から思ってはいたけどオレの先輩は想像以上に、怖いもの知らずだった。そんな先輩はいつの間にか、オレが適当に選んで持って来ていた楽譜の束を手にして弄って遊んでいた。

「先輩、楽譜で遊ばないでくださいよ」
「何もしなくていいし逆に手伝うって」

そんなに先輩を寮弟にしたかったのか。
痛い程に気持ちはわかり過ぎるがっ!!
その野郎は!現在進行形でっ!!
先輩の、色々な、何かを、手伝って!!
紫寮生とかオレの先輩の先輩だとかァ?
もう、関係っねぇぜっ!ヒャッハァ!!
Go To HELL!!!!!!

「気持ち悪いからヤダって言ったけど」
「え?」
「身の回りのコト他人にされたくないし」
「バイオレット先輩」
「でも、名目上でいいっていうから」

オレはほんの少しその野郎に同情した。
先輩は相変わらず細くて白い指で楽譜を弄んでいる。

(「チェスロック、これやってよ」)
(「手伝ってよ、チェスロック」)
(「聞いてるの?聞こえてるの?」)
(「ねえ、チェスロック」)

ちょくちょく、構われるのと同じように。オレは先輩からちょくちょく、身の回りのコトとか、雑務とか、色々と頼まれてんだけど?これって明らかに矛盾してんじゃねぇか?先輩の!考えが!わからねぇ!!

先輩を寮弟(名目上)にしたのが、誰なのかは何だかどうでもよくなってしまった。

(「他人にされたくないし」)

先輩の考えてることはよくわからない。けど、オレに少なくとも心を許してくれている気がする。それにオレの演奏を、かなり気に入ってくれているみたいだしな。

オレはその後、何回かその曲を先輩にねだられるままに弾いた。持って来ていた楽譜からも何曲か弾いてみると、先輩はどうやらメランコリックな旋律や、過激な曲調が好みらしい。オレと似ていたので、何だか嬉しくなってしまった。



「じゃ、そろそろ寮に帰りましょうよ」
「うん」

白くて華奢な手でオレの両手を優しく包み込み、少し俯きながら先輩はまるで何かを祈るような表情をしていた。

「せ、先輩?どうしたんスか?」
「チェスロックの演奏聴いてたいんだ」
「バイオレット先輩、」
「これからも、ずっとね」

ほとんど夜といってしまっていいような、過ぎ去りかかった黄昏時。辛うじて淡い光が射し込む薄闇で、オレを切なそうに見上げる先輩は、とても幻想的で甘美だった。

「仰せのままに、バイオレット先輩」

オレは先輩の手を取り、外へ出た。
手を握り返してくれる先輩が、無性に愛しい。このまま先輩を浚ってしまいたい。
なんて、思ってしまった。


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