Novel
俺の精一杯
日向の片想いのお話。
ネタバレにご注意下さいm(__)m
最初は日向目線!
ちなみに季節は真冬です
『じゅーんぺー。おーい、いるのわかってるんだぞー。……聞こえてないのか?』
家の外から声が聞こえてくる。どんなに周りが騒がしくても、勝手に耳が拾ってくるアイツの声が。
きっと、鼻の頭を赤くして、上を見上げるために長い髪を耳にかけて俺を呼んでいるのだ。
首をかしげる姿が目に浮かんだ。
『ひゅーがじゅんぺー。順平ー? まったく、しょうがないなぁ……』
聞こえないフリをして、俺は部屋で寝っ転がりながら漫画を読み続ける。
無視すれば、俺の部屋まで勝手に来ることを知っているからだ。
『おじさん、おばさん、お邪魔しまーす。定休日なのにごめんね?』
店の中に入ってきた。お袋と親父の声が聞こえる。……なにか、様子がおかしい。お袋の慌てた声が聞こえる。
『うん、大丈夫だから。おじさん、おばさん、落ち着いて? 私、順平の部屋、行ってくるからさ』
何かあったのか…?
『順平、入るよ』
アイツはいつも通り、ノックをせずに入ってくる。
俺は、隣に漫画をおいて、アイツの方を向く。
「彩綾、ノックくらいしろっていつ───」
『やっほー。ちょっと頼まれ事してくれない?』
俺は絶句した。
いつも通りの口調で、服も、立ち振舞いもいつも通り。でも──
「お前っ……髪、どうしたんだよ!」
『そんなに慌てないでよ』
昔から女らしい格好や言動とは無縁のコイツの、唯一、女性らしさを感じさせる長艶のある髪。
それが、右側だけバッサリと─肩下の辺りまで─切られていた。
それに、誰だって好きなやつの髪が、一ヶ所だけばっさり切られていたら慌てるに決まってる。
『いやぁ、さっき歩いてたらさ、前からハサミ持った女の人が走ってきてね? 「あなたのせいよ」って髪を切られちゃって』
「切られちゃって、じゃねぇだろ! 犯人はどうした!?」
『すぐ捕まったよ。前科あったみたいで、事情聴衆もわりと早く終わった。その女の人、「髪の長い女の子が好きなんだ」って男にフラれたみたいでさ』
だから、たまたま長い髪の私が通り魔的に切られたみたい。なんて笑って言う。
また言葉を無くす俺に、彩綾は手を合わせてお願いしてくる。
『流石にこの髪じゃみっともないじゃん? だからさ、順平が切ってよ』
「……は?」
今、何て言った?
『だから、順平が、この髪を切って?』
「いやいやいや、それなら親父かお袋に──」
『約束、でしょ?』
約束。
その言葉を聞いて、思い出す。
昔、小さい頃にした約束。
──ね、じゅんぺー。私の髪は、じゅんぺーが切ってよ。
──嫌? なんで?
──えー? いーじゃん。……どうしても切りたくないなら、じゅんぺーがその気になるまで待つよ。
──それまで、絶対切らないんだから! 約束だからねっ。
約束と言うには、一方的に押しつけられただけのものだが、それでも彩綾は律儀に守り続けているのだ。
髪を切れ、という度に、『順平が切るなら』と言われた。
拒否し続けたら、本当に切らなくなって、そのまま伸ばし続けて今に至る。
『まー、流石に毛先はちょいちょい切ってるけどね』
えへへ、と短くなった方の毛先を触る。
「……俺でいいのか? やっぱ親父かお袋の方が……」
『順平がいいの。順平じゃないとヤだ』
子供みたいに駄々をこねる。
「……っ、わかった。店に行くぞ」
『わぁい、やった!』
本当に嬉しそうに喜ぶ彩綾。
──今まで、コイツのお願いを無視できたこと、1回しかないんだよな……。
ちなみに、その1回は、小さい頃にした髪を切るという約束だ。
(はぁー……)
わかった、と言ったからにはやらねばなるまい。
腹をくくるか。
『日向理髪店の跡取り息子の腕はどんなかなー?』
「ハードル上げんなよ。期待もすんな、ドアホ」
『相変わらず口悪いなー』
バサ、と服を保護するエプロンを着せる。
「じゃ、はじめるぞ」