「二人とも、おはようございます。…疲れた顔をしてますが、大丈夫ですか?」
「おっはよ! ホント、なんかげっそりしてる」
とびきりの笑顔で迎えてくれたのは、那月と音也だ。しかし、俺たちの疲弊した顔を見て、笑顔を曇らせる。
「おはよ。多分大丈夫ー……」
サングラスを外し、そのまま机に突っ伏す。 まさか教室に来るまでにこんなに疲労するとは思わなかった。
「うっわぁー。かなり噂になってるわね、彩輝」
髪を整えながら近づいてくるのは、従兄弟の友千香。 くそぅ、人の苦労も知らないでっ。
「なんだよ友千香ぁ。いじめに来たのか? つか噂って何」
突っ伏したまま顔を向ける。
「違うわよ。『昨日まではいなかったはずの白髪の美青年現る!』って、アンタを見かけた子達がキャーキャー言ってたわよ」
友千香が肩をすくめ、席に座る。
「先ほども、隣を通りかかった女子生徒がお前に見とれていたな」
それに関しては、白髪で赤い瞳が珍しかっただけだろう。 それにしても……
「なんだよ美青年って。ありえねぇー。誰のことだよ」
あまりにもおかしくて笑ってしまう。 俺が美青年? 眼科行け眼科。
「アンタのことでしょ。アンタ以外に誰がいんの」
「俺は美青年じゃねーよ」
爆笑しながら言うと、いきなり周りが静かになる。
「……そこはそうだねって言うとこだろうが」
そう言うと、友千香と那月が何やら話始める。
「自覚、ないんだよねー。しかも昔から鈍いし」
「そうなんですかぁ?」
「そうそう。告白されたら、『付き合ってって、ドコに?』とか笑顔で言っちゃう奴なのよ……しかも悪気ないから性質が悪いし」
聞こえよがしに言っていやがる。その子はそのあと飼育小屋に付き合って、って言ってたし! ……その後女子から冷ややかな目で見られてたけど。 しかし、人のあまり知られたくない過去を暴露したからには、それ相応の罰を与えなければ、俺の気がすまない。 俺は鞄からケータイを取りだし、友千香に笑顔で話しかける。
「瑠璃姉のお気に入りのバッグにチョコつけたの、友千香だって報告するから」
「彩輝、それだけは止めて!! 瑠璃さんにだけは……っ!」
フフン、いい気味だ。人の過去を暴露した罪を思い知れ!
「瑠璃さん、という方は、彩輝くんのお姉さんなんですよねぇ?」
突然、那月が質問を投げかける。
「そうだよ。俺の十五歳上の姉ちゃん」
「歳が随分と離れているな」
まぁ、当然の疑問だ。普通の兄弟はここまで歳が離れていないだろうし。
「まぁね。色々あるわけよ」
「どんな方なんですか? 写真とか、見てみたいです」
那月がワクワクしたように言う。 瑠璃姉の写真?そんなの見なくても分かると思うが。
「瑠璃姉の顔なんて、みんな知ってると思ってた」
「昨日知り合った友達のお姉さんの顔知ってたら、ビックリだと思う」
キョトンとする俺に、音也が苦笑いをする。
「あーそうか、瑠璃って実名だわ。だから伝わらなかったのかー、納得納得」
そりゃ、一般的には「瑠璃」なんて言われても誰の事かわかんねぇよな。
「『六花』って作曲家、知ってる?」
突然なにを言い出すのかと、首をかしげられたが、那月が顎に手を添えながら答えてくれる。
「確か、シャイニング事務所に所属する、実力派の作曲家さんですよね? 数々の名曲を生み出した秀才だと言われている…」
うん、正解。そこに、俺が爆弾を投げ入れる。
「うん、それが俺の姉ちゃん」
間。
「「…………え?」」
「本名、仰上瑠璃。俺の姉でーす☆」
ご丁寧にピースまでしてみる。 さらにたっぷり五拍の間が空き、みんなの脳が言葉を理解する。
「えぇぇぇえ! 嘘、マジで!?」
「本当なのか、仰上」
音也が叫び、真斗が目を剥く。 那月はごそごそと自分の鞄をあさり、雑誌を取りだした。
「この人ですよね」
那月が指さすページをみると、人畜無害な顔をしてインタビューに応え、微笑んでる姉の写真。
「そうそう。超猫かぶってんなーこの写真。あの人の素顔に迫る、って特集なのに。まぁ、瑠璃姉の素顔なんて見たら恐ろしくて近づけなくなるか」
アハハッと笑うと、
「………彩輝。夢が壊れるじゃない」
呆れ顔の友千香。
「えーだってしょうがないじゃん。ほんとのことだもんっ」
「ぶりっ子すんな!」
ゲンコツが降ってくる。机と挟み撃ちにされた!
「あぐぁ!!」
硬いのと硬いのが俺の頭を打ち付ける。
「ヒデェよ友千香ぁ……」
痛すぎて涙が滲んできた。 その時、ピシャンッと勢いよく教室の扉が空く。
「那月っ、このぬいぐるみを俺様の鞄に入れたのはお前だな!!」
ちっちゃい帽子の少年が、可愛らしいヒヨコのぬいぐるみを持って怒り狂っている。 正直、ぬいぐるみのせいで全く怖くないが。
「あ、翔ちゃん!!」
那月が嬉しそうな笑顔で走っていく。
「しょーーちゃーーん!!」
「うわぁぁぁぁあぁぁあ!!!」
そのままの勢いで少年に抱きつく那月。 少年の悲鳴が響く。
「ふふっ、翔ちゃん。ぎゅーっ」
「このっ! はーなーせぇー!!」
少年を抱きしめている那月は実に幸せそうだが、抱きしめられている少年はめちゃくちゃ嫌がっている。 自分もやられた経験がある俺は、不憫な少年を救出することにした。
「那月、離してやれよ。少年とヒヨコのぬいぐるみが潰れてるぞ」
「あ、ごめんねピヨちゃん」
バッと手を離すと同時に、少年がボトッと落ちる。
「謝んのが俺じゃなくてぬいぐるみってどういうことだよっ!!」
少年が叫ぶが、既にヒヨコのぬいぐるみと戯れている那月には聞こえていない。
「大丈夫か?」
声をかけると、打ったらしいお尻をさすりながら、おう、と返事が返ってきた。
「お前のお陰で助かったぜ…。俺様は来栖翔! その髪と目、さっきから噂になってたのはお前か」
俺様、か。一人称がすげぇけど、なんか良いヤツっぽいな。
「俺は仰上彩輝。お前、制服からしてSクラスだよな? Sクラスにまで噂広がってんのかよ……」
握手を交わし、苦笑いを浮かべる。
「まぁいいや。翔は、那月の知り合い?」
「はい、翔ちゃんとは寮で同室なんです」
嬉しそうにヒヨコのぬいぐるみを抱きしめている那月が言うには、翔とは寮で同室で、ちっちゃくて可愛いから大好きなんだそうだ。
「ちっちゃいって言うな!」
そして翔はちっちゃいと言われるのが嫌いらしい。 負のループだな。
「えー? 翔ちゃんはちっちゃくて、とーっても可愛いですよ?」
「俺は漢の中の漢を目指してんだよ!」
翔がムキになって言い返す。 外見はともかく、中身は男前だ。
「那月ー、彩輝ー! そろそろ授業始まっちゃうよ?」
「うわ、マジで? 俺早く戻んねぇと!」
慌てて来栖が走り出す。 が、ドアのところで一旦止まると、
「那月! 今度から絶対にぬいぐるみを俺の鞄に入れんなよ!!」
そう言い残して去っていった。
「四ノ宮、今のは誰だ?」
「同室の翔ちゃんですよぉ」
再び席に戻り、俺たちは林檎先生が来るまで歓談を続けた。
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