-夢から覚めた私を待っていたのは虚しさと、確かな安堵だった-



俺のこころの中で君が生きているんだとか、君の分まで精一杯生きるとか、そんなことを言ったら君は恐らく笑うんだろう。たぶん、よろこんではくれないだろうから。そうやって立ち入り禁止の屋上のベンチに座ってはひとりたそがれる。入り方は君が教えてくれた。君と出会ったときとは違って今は暖かい風が俺の髪を靡く。夏の夕方、生ぬるい風。俺は今日で通院を終える。ここに来ることは恐らくもうない。今日で最後だ。俺も君も。寂れたこのベンチは明日捨てられてしまうらしい。思い出なんて綺麗なものでくくりつけられない俺たちの汚れた短い夏。君は俺に会いに来た。
君の笑顔はひまわりだった。俺が学校で庭園をしていると話をしたら嬉しそうにしていたのをよく覚えている。それでも見せてくれとは言わなかった。今思えば君はきっとこれからの事を全部分かっていたからなんだと思う。幼すぎた俺はいつか見に来てほしいと告げたんだ。君は何も言わずに笑っていた。
君は毎日のように俺の病室に来ていた気がする。そうしていたらやっぱり部員に出くわすのは逃れられなかった。よく来てくれていた真田のことを学校の先生だとずっと思い込んでいたようだ。何度と説明しても君はずっと信じてくれなかった。もしかしたら今でも先生だと勘違いしてるのかもしれないなあ。その中でも丸井とは仲良くしていたようだった。丸井も俺じゃなくて君に会いに来てたのかもしれない。なんて。
そういえば俺は君の病気を知らない。どこからどう見たって君は元気だったし、丸井の作ったものは基本的になんでも食べていた。それに関して俺は言及することもなかった。君から告げられることもなかった。だから今でも君のことは何も知らない。
知ってることと言えば君の泣き顔くらいだと思う。君が一度だけ君が俺の病室に訪れなかった日があった。君の両親が来ていた日だ。面会時間が過ぎて、エレベーターまで両親を見送った君は、苦しそうに病室に戻っていく、俺はそれを追いかけた。そこにはシーツにくるまる君の姿が、小さく小刻みに震えていた。俺はわざとスリッパの音を響かせるように近づいて君の名を呼んだ。自分が君にどれだけ助けられていたのかと、初めて知った日だった。君のすすり泣く声だけが響いていた。
日が沈んで少し肌寒くなってきた。帰ろうという考えはない。薄いシャツを被った腕をさすると君が隣にいるような気がして少し笑う。寒いしお腹は減ったし、そうやって生きていることを小さく実感する。俺は一度だけ生きることを諦めたことがある。
ご飯を食べるのをやめた。何のために食べればいいのか分からなかったから。もちろんそんな俺を周りは心配した。そんなことさえどうでもよかった。俺はもうテニスが出来ないらしいから。そうやって、あの頃を思い出すと手が震える。こんな手を握ってくれたのも君だったんだ。震える手を握った君の手は暖かかった。いまでも覚えている。そして君は俺の手を引いてこの屋上へ連れてきてくれた。夕日の綺麗な日だった。ちょうどいまくらいに。

「きれいでしょ!わたしの特等席」
「そうだね」
「わたしは、ここで昼寝するのが好きなの」
「へえ」
「そのときいつも、このまま目覚めなければいいのにって思う」
「なんでだい」
「生きるの嫌になるから、」
「……」
「でもいつも看護師さんが起こしにくる、またここにいたの?って、わたしそのとき生きてるんだなあって実感する」
「それっていいことなのかい」
「わからない、でも、少しだけ生きたいって思えた。だから、おやすみ」

そう言って君はベンチに座った俺の肩に頭を乗せた。隣で眠る君の顔は酷く幸せで満ちてるような気がして。俺はそんな君と一緒に、目覚めなければいいのにと、目を閉じた。結局俺も君も看護師に起こされて目が覚めてしまったんだけれど。でも君のいうとおり少しだけ生きたいって思えてた。

「おやすみ」

君は俺の心の中に生きているし、俺は君の分まで生きようと思う。そんなこと本当に口にしたら、君は笑うんだろうけど。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -