寂しさが溶けてしまうまで



ガチャリとクソの役にも立たなそうなちんけな鍵穴を回す音がして、メローネはベイビィ・フェイスから顔を上げた。
メローネの部屋のカギを持っていて、こうも律儀に蹴飛ばせば開くような古びたドアの鍵を開け入ってくる人物は一人しかいない。
連絡もなしに来るのは珍しいな、と思いつつもまぁ彼女だったらいいやとベイビィ・フェイスに視線を戻した。


「あれ、名前?」


ベイビィの教育もひと段落つき、メローネはこの部屋に尋ねてきている人物の事を思い出して辺りを見回したが姿が見当たらない。
構ってやらないから拗ねて帰ってしまったのだろうか、と一瞬考えるが以前彼女との約束をすっぽかしてギアッチョ達を飲みに出かけた時は
拗ねるどころか烈火のごとく怒ったので、勝手に帰ったという線は薄い。
むしろ教育中でもお構いなしにメローネを横っ面をグーで殴ってあたしを構いなさいというような女だ。
どこに行ったんだろうかと、辺りを見回すと寝室へのドアが僅かに開いていて、覗き込むとメローネのシンプルなベッドの上に彼女がぐったりと寝転んでいた。


「どうしたんだよいきなり来て、珍しいな」


とりあえず、声をかけてみたが反応なし。白くて細い枝みたいな腕で視界を覆って微動だにしない。
メローネは自分が構わないときにとことん放っておくのに自分が構ってもらえないと拗ねる男だったので、しつこく彼女に声をかける事にした。


「もしもぉ〜し、名前さぁ〜ん?―うおっ」


耳元で読んでみるとグーパンが飛んできて寸での所で避ける。
アシメントリーの長い方が僅かにかすっていった。あれは当たってたら確実にめり込んでるレベルだ。
ドキドキと加速した心臓を押さえるように胸に手を当てて彼女の様子を窺うと、切れ長の瞳が半眼になってメローネを睨みつけていた。


「五月蠅い」


ぶすり、という効果音が似合うくらいの表情だ。
来て早々何も言わずにメローネの寝室に閉じこもり、ぐったりとしていたから彼氏であるメーロネとしてはちょっと心配だったのだが、杞憂だったようだ。


「なんだ、ただのご機嫌斜めか」

「はあ?」


ほっとしたのもつかの間、メローネは自分で自分の首を絞めることに成功した。
不用意な発言のせいで彼女の怒りのパラメーターの点数稼ぎをしたのだ。思いっきり不機嫌ですと言わんばかりの声がメローネのヘラヘラを一瞬凍らせた。
が、直ぐに持ち直す。


「ごめんごめん。で、どうしたの?」

「別に」


ゴロン、とベッドサイドに腰かけたメローネを避けるように彼女は背中を向けてしまい。これは珍しいとばかりに瞠目したメローネはしばらく考え込んだ後、やわらかで慈しむ様な声を出すように心掛けつつ彼女を呼んだ。


「・・・名前、」

「なによ」


彼氏に対するとは思えない冷たい対応に、メローネは一瞬拗ねそうになったが、絶対何か抱え込んでいる彼女を放って拗ねる事は出来なかったので、今度は切り札を使って読んでみた


「おいで、俺のmughetto」


そう言った瞬間彼女はびくりと肩を揺らししかめっ面でメローネの方へ寝返りを打った。


「・・・・キモいんだけど。てか、いい加減あたしを毒花に例えるのは止めて」

「毒花って・・・似合ってるんだけどなぁスズラン」


スズランには毒があり、儚く清純そうな女性がそう例えられるといかにもだが、強気な、そう彼女みたいな女性にはほんとに毒花にしか捉えられないのだ。
メローネとしてはだからこそ彼女にはスズランが似合うと思うのだが、彼女はそれをお気に召さない。


「それに、そういう甘言はプロシュートが担当でしょ」

「なんだよ、俺だって恋人に甘言くらい吐くぜ」


名前は睨みつけるように、メローネはにこにこしながら自分の膝を叩く。
およそ15秒睨み合うように、見つめ合うように視線を交わし合った結果、
折れたのは名前の方だった。
渋々といった表情で、メローネが叩く膝の上に乗り上がった。


「むふふ」

「だからキモい」


ぎゅうと抱き締められたかと思えば、慰められるように頭を撫でられた。
メローネの身体は白くてえのきみたいかと思えば、やっぱりそこはしっかりとした男性らしい体躯をしていた。
伊達に変態的行動をメンバーに仕掛け、殴られているわけではないようだ。
ゆるゆると撫でられて、次第に眠くなって意識が遠のくなかで気づけば彼女は言わないでおこうと思っていたことを口走っていた。


「時々抉られたみたいに空虚になる時があるの」

「俺がいても?」

「そう。例え誰がいたってそうなるの」


メローネは口走った瞬間一瞬だけ撫でる手を止めたが、そのあとは冷静に頭を撫で、名前の薄れゆく意識を留めるように質問を投げかける。
彼女の答えにメローネは気づかれないように唇を噛んだ、女をとっかえひっかえしていた頃とは違い、今は彼女を純粋に愛していたから、空虚を感じる彼女を満たせていないといわれたような気がしたからだった。


「馬鹿みたいなの、」

「は?」


まさか自嘲されるとは思っていなかったのか、撫でる手を止めポカンとクレアを見た。
それとは対称に名前はメローネから視線を外す、今から言うことは普段メローネに、自分のチームに、暗殺チームにも見せたことのない弱い部分だ。
言い辛さもあったし、自分らしさを壊してしまうという怖さもあった。
メローネは追いかけられるよりも、追いかけるのが好きだったから。


「アンタと付き合ってから、この空虚が訪れる度にアンタに縋りたくなるのよ」

「・・・それって縋ったらだめなの?」

「ばっいい歳してそんなことできるわけないでしょ!?」



彼としては、空虚に怯える彼女を甘やかしてそんな時暗い1から10までやってあげたいと思うが彼女はそうではないらしい。
恥ずかしいのか顔を真っ赤にして、メローネの胸板をばしばし叩いている


「そうかなぁ」

「そうよ!」

「うーん・・・・―なぁ名前?こうされると、落ち着く?」

「・・・ええ、腹立つくらいにね」


向かい合って今までメローネの顎の上にあった名前の頭が動かされ、メローネの心臓の位置で止まる。
とくりとくりと命の声が聞こえてくる
それが沈んだ名前には子守歌にも聞こえて、ひどく落ち着いた。


「ははっじゃあさ、縋っちゃいなよ、俺に」


ばっと勢いよく顔を上げ、メローネを見ると普段滅多に、否そんな顔チームでいる時は絶対見せないであろう、穏やかで慈愛に満ちた目をしていた。
反論しようとした名前であったが、そんな顔をするので強く言い返せない。
ぐっと言葉を堪えると、メローネは再び彼女を抱き寄せ心音を聞かせるように体を持っていく。


「いい歳してとか名前は言うけど、大人にもそういうと気があってもいいと思うぜ。時々こうやって俺に縋ったら、目一っ杯ジャンドゥーヤみたいな甘さで癒してやるからさ」


好きだろ?ジャンドゥーヤと彼は微笑みながらそう訊ねた。
ジャンドゥーヤはカンノーリよりも名前が愛しているお菓子だ、故にその甘さもよく知っている。ので、メローネがジャンドゥーヤ並みに甘所を想像してみると・・・・・


「・・・俺結構いいこと言ったと思うんだけど、なんでそんなしかめっ面なの?」

「変態がまともなこと言っているから、ビビって警戒してるのよ」


幾ら考えたって、彼が優しく1から10までやってくれたことなかったので、彼女の脳内で再生されたのは、変態バージョンのメローネだったからどう考えても危険な映像しか脳裏に甦らなかった。
しかめっ面になってしまうのも納得ものだろう。


「ヒデェや」


互いに軽口を叩きつつも、名前は彼の心音を聞き続けメローネは彼女の髪を梳きながら、あやすように撫でていた。