私が君の運命になるよ



「ええ、そうね、多分好きなんだと思うわ」
惚れているんじゃあないかと、先にカマをかけてきた癖に、肯定してやったらプロシュートは露骨に顔を顰めた。彼は今私のことを馬鹿で面倒な女だと思っていて、それを隠そうとはしない。幼馴染みというチープな表現は、特殊な業界に生きる私たちにとってあまり相応しくはないかもしれないが、付き合いばかり長いので、私はプロシュートに対してもまた、一方的な親しみを覚えていた。兄のように。弟のように。
「俺はああいう陰気な野郎は嫌いだね」
わざと乱暴な言い回しを、プロシュートはした。小さく苦笑する私の様子はプロシュートに、姉のようにも、妹のようにも映るだろう。
「あら、陰気だなんてとんでもないわ、男性は寡黙なほうがセクシーよ」
「大体気味悪ぃじゃねーか、昨日まで普通に生きてきた人間が、何故この世界に飛び込める?飛び込んだ挙げ句にズルズルと居座る?わからないことだらけだ」
そう、この時点で話題の種になっているリゾットという男は、まだチームのリーダーでこそなかったが、ある日彗星のごとく私たちの所属する暗殺チームに入ってきた復讐者だった。今ではその目的も遂げてしまい、日々ぼーっとしている(と、プロシュートに称されてしまうような)日々を送っている。暗殺と復讐。言うまでもなく、この二つは似ているようでまったく違うものだ。復讐のために暗殺されたり、暗殺したせいで復讐されたりすることはあっても。何より奇妙なのは彼がその一線を期するまでの間まったくの無名であり、要するにずぶの素人であったこと。このチームは、よっぽどそれが得意な人でなしが、いくつかのチームを渡り歩いた後、他にどうしようもなくなって流れ着く場所だった。
「お前の理論に則って言うなら、アイツは得意なんだろうぜ、それもかなり偏執的に」
不本意そうに前置きして、プロシュートはこうも言った。生憎、私はそれを確認する術を持たない。

わかっているのは目的を達成した今、彼が空虚に、それはそれは空虚に生きているという単純な事実である。燃え尽き症候群とでもいうのか、元々そういう性質なのか、生の気配が殊更薄い彼は随分と近寄り難かった。親しみやすい暗殺者、というのもホラーの領域だけど。
「お前は初めて殺した人間を覚えているか?」
リゾットの口をついて出たのは口説き文句にしては退屈なあまりにもありふれた質問で、子供の社会科見学じゃあないんだからと、私は一笑してやりたくなる。実際、彼のように私より絶対強いだろう相手からの問いでなければ、私は茶化して答えただろう。お前は人生で最初に食べたパンを覚えているのか、とでも。
「残念ながら、過去は振り返らない主義なの」
意外なことにこの返答はリゾットのお気に召したらしい。薄く微笑んで、今度はその低い声に先程よりは余程相応しい科白を乗せる。
「なるほど、いい女はそうでなければな…」
それから彼は漸く艶っぽくなった会話をわざわざ元に戻しにかかる。仕事も色事も彼にとってはあまり明確に区別されていないのかもしれない。この業界ではのしあがる程、或いは才能がある程オンオフの切替が難しくなっていく。骨の髄まで暗殺者。私はいい女のふりで、黙って彼の話を聞いている。
「そういえばプロシュートも忘れたと言っていたな…」
そうでしょうね、と私は頷く。彼はいい男だもの。
「俺は生涯覚えているだろう、」
だからといって忘れることが出来ないリゾットがプロシュートに比べて男性的な魅力に欠けているのかといえば、そんなことはまったく無く、むしろ私個人の意見としてはリゾットの方が素敵だと思う。俗っぽい話をすれば男と女の関係は三ヶ月以内に決まってしまうらしいから、前提として付き合いが長いプロシュートの方は論外なのだけど。
「それを思うと少し気が滅入る」
俯いてしまったリゾットの両頬に腕を伸ばしてそうっと触れる。その為には私から距離をつめる必要があったが、そんなことは問題にならない。リゾットは小さく反応を示したが、逃げようとはしなかった。
「難しい話は男友達とするものよ?」
それこそプロシュートみたいな理屈屋と。
「御託はいいわ、それで?貴男は私を抱くの?抱かないの?」
我ながら品が無いかもしれないが、好いた惚れたは結局そういうことだ。だって私たちは神様の前で永遠の愛を誓い合える立場じゃないし。例え誓いあったとしてもいつか誰かに殺されて呆気なく終わる命だし。だからせめて抱かれてみたいと思うのだ。明日死ぬかもしれないから。駆引きの時間は勿体無い。運命の相手じゃなきゃ駄目だというなら私が一夜だけなってあげる。
「後悔することになるぞ…」
リゾットが切なげに呻く。私は今度こそ鼻で嗤った。恋に堕ちた瞬間に、後悔なら死ぬほどしている。後は実らせて腐らせて早いとこ過去にして棄ててやるんだ。