【イチャイチャしたい】 | ナノ


2012-05-25


【イチャイチャしたい】



 独り暮らしの男の部屋には不釣り合いな物体の隣に腰を降ろす。
 その物体とは、巨大なクマのヌイグルミである。
 と言っても、某有名小説家の家にいる"鈴木さん"ではない。
 なぜならココは、羽鳥芳雪の家で、持ち込んだ人間は少女漫画家なのだから…。

 が、いくら最愛の恋人との思い出の品と言えども、やはり邪魔だ。

 羽鳥が、“ペシっ”と頭を叩くと、ズルリとソファーから落ちてしまった。

 『仕方ない』と拾い上げようとしたとき、その邪魔者から甘い匂い…。

「シャンプー……か?」

 念のためにもう一度嗅いでみる。

「ん?吉野の匂いか??」

 クマに付いていたのは、吉野っちくな匂い。
 羽鳥宅のシャンプーと吉野宅のシャンプー、そして、吉野から発せられる吉野の香り…。

 修羅場終わりは異臭を放つ吉野だが、それ以外の吉野の香りは少し甘い。

 菓子ばかり食べているせいだろうか?

 繰り返し言うが、修羅場明けはそんな甘い香りはしない…。

「あー、サッパリした」

 そうこう考えていると、匂いの犯人がバスルームから帰ってきた。

 考え込むように、クマと向き合う羽鳥を不思議に思った吉野は、後ろからクマに抱きつき羽鳥に「どうした??トリ?」と声を掛ける。

「今後、このクマに抱きつくのは禁止だ」
「はぁ??」

 羽鳥は吉野からクマを剥ぎ取ると、後方へ投げてしまった。

 “バフっ”と音を立てて床に落ちたクマを見て吉野は腹を立てる。

「な、何、すんだよ!クマさん可哀想だろ!」

 吉野がクマを拾おうとするが、羽鳥の長い腕が邪魔をする。
 羽鳥が吉野の腕を掴んで引き寄せると、その細身をぎゅっと抱きしめる。

「ちょ、離せって!」
「ダメだ」

 吉野も男である、それなりに力を出せば、羽鳥の拘束を解くことだって出来なくはない。
 ただ、恋人となってしまった以上、本気での拒絶が相手をどれだけ傷付けるか知っている吉野は、口でしか抵抗できなくなっていた。

「はーなーせー」
「お前の匂いがした」
「はぁ?」

 羽鳥の肩に顎を置く状態で抱かれた吉野からは、その表情を読み取る事は出来なかったが、どうやら拗ねているらしい。

「何から?」
「クマから」
「で?」
「だから、クマに抱き付くのは禁止だ」
「はぁ?意味わかんねぇし!」

 吉野は掌を羽鳥の額に当ててグイっと押すと、その顔を覗き込んだ。

「なんで、抱きつくの禁止なんだよ」
「クマはダメだが、俺ならいい」
「へ?」

 自分の額に押し付けられた吉野の手を取ると、羽鳥はそれに唇を落とす。

「俺はいつでもお前の側に居たい…」

 匂いが移るほど近くにいる存在。
 布と綿で出来たクマじゃなくて、それが自分であってほしい。
 大の大人がクマのヌイグルミに嫉妬する。

「な、なんだよそれ、意味わかんねぇし」

 羽鳥は、耳まで真っ赤にした愛しい恋人を再び抱きしめた。


+++


 タイトルはミッチーの楽曲から。
 クマのぬいぐるみは、原作3巻の戦利品。
 2012-04-17→2012-05-06











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