2012-03-19
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結局、その晩、羽鳥が帰ってくることはなかった。
むしゃくしゃしてビールを飲んだが、元々強くはないから、易々と睡魔に襲われ、気付いたら朝だった。
辛(かろ)うじてベッドで寝ている自分は、多少なりとも成長したのかとも思ったりする吉野だ。
「何時だ?」
時計代わりの携帯をリビングに置き忘れた事に気付き、うだうだとベッドから抜け出す。
携帯を開くと午前5時。
起床にはちょっと早い気もする。
「メールも、電話もナシかよ!
…って、俺はそんなに女々しくない!
なんだよ、別に良いじゃん、カンケーねーし、トリが来ようが来まいが!」
怒ってみたが、最終的には、シュンとしてしまう吉野。
未だにどうしても素直になれない。
(仕事だし、そう、仕事だし、仕方ない…よな…)
ふと、昨日、羽鳥から来たメールを読み返す。
『今日は、遅くなるが、そっちに行く。飯の時間には行けないから、ストックで我慢してくれ。』
絵文字も顔文字もない素気ないメール。
短いし、用件だけだし、こっちから「わかった」くらいしか返せない簡潔な文章。
ただ、飯の世話でもなく、仕事でもないと言う事は、自分に会いたいと言う事なのだ。
まだ慣れない。
以前なら、そこまで気にしなかった事だが、羽鳥が自分に逢うためだけに、ここに来る。
仕事で疲れているのに…そこに何か期待している自分がいるのだ…。
そこに慣れない。
「結局、来なかったな…バカトリ…。
働き過ぎなんだよ…」
自分も会いたかった…。
修羅場が終わっても羽鳥は忙しくて、あと数日もすれば今度は自分も忙しくなる。
顔を合わせても仕事の事ばかり…。
でもやっぱり、ダラダラとテレビを見て、くだらない話をして、レンタル屋で借りた新作映画見て…。
色々したい…。
「あああああっ、もう!
よし、罰としてハンバーグ作ってもらう!!」
ブツブツと文句を垂れながらバスルームへ。
歯ブラシを手に取り、歯磨き粉を付ける。
口に入れたシトラスミントの香りが最近のお気に入り。
大きな洗面台には、コップが2つ。
オレンジと青が仲良く並ぶ。
オレンジは吉野、青は羽鳥。
恋人関係になるまでは無かったもの。
そもそも、羽鳥がこの家に泊まる事がなかったため不要だったのだ。
その横には、羽鳥の歯磨き粉。
ペパーミントは刺激が強すぎて、吉野の口には合わない。
備え付けの小物入れには羽鳥のヘアブラシと整髪料。
風呂場には、吉野の洗顔フォームと羽鳥の洗顔フォーム、色違いのシャワータオルが二枚、と、羽鳥専用のシェービングセット。
クローゼットの中には、吉野の服と一緒に、羽鳥のOFF用の私服とワイシャツが数枚。
勿論、下着、ネクタイ、スーツも2着ある。
羽鳥と居る時間は大して増えていないはずなのに、気付けば吉野の生活空間に、少しずつ羽鳥の物が増えていく。
「なら、さっさと帰ってこいよ……。
ああああああっ、もう!」
女々しい自分の呟きを洗い流す様に、口を濯(ゆす)ぎ、顔も洗う。
水道を止めて顔にタオルを当てる。
タオルから顔を上げれば、ちょっと頭がスッキリした。
「ん?」
覚醒した感覚に、人の気配を感じる。
「トイレ?」