世界で一番熱いモノC | ナノ


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 帰り道。
 吉野は口の違和感にうんざりしながら、隣に居る同い年の保護者に話し掛ける。

「はんて、むひはってわかったんはよ」
「どうして、虫歯とわかったか?って聞いているのか?」

 モゴモゴいう、恋人の言葉をそう訳した羽鳥は「簡単な事だ」とその理由を述べ始めた。

「お前、甘い物、熱い物、冷たい物も避けていただろ。
 チョコが残っていた。
 コーラも減って無かった。
 普段、水を冷やして飲むのに、減りが遅かったのは、お湯と混ぜて飲んだからってところか?
 決定打は、藍屋の桜しぐれに手を出さなかった事だ。
 虫歯は、冷たい物は勿論、甘い物や熱い物も、しみるからな。
 玄米茶は高温で入れるから、お前が手を付けなかった理由になる。
 あと、ストックの金平牛蒡も気になった…、どうせ、噛むと痛くなったんだろ?
 カップ麺は柔らかくして冷ませば、難なく食えるからな」

 「こんなところか?」と羽鳥に言われ、『全部お見通しかよ!』と、くやしがる吉野だったが、あまりにも全部が正解で反論のしようもない。
 「違うのか?」と聞かれ、首を横に振り、口を尖らす。

「あとは、洗面所の歯磨き粉が、虫歯予防の薬用タイプに変わっていた」

 『そんなところまで見てたのか!』と吉野は無言で驚いたが、「もう、虫歯になってしまったんだから今更、予防する意味は解らんが…」と真顔で返され『憤慨した!』と抗議するように頬を膨らますのだ。

 そして、膨れっ面の吉野を見て羽鳥は思う。
 『お前が俺に、晩飯の事を聞かなかったのが、何よりの証拠だ』と言うのは止めておこう、と…。


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 キッチンに立つ羽鳥と、食卓からその背中を見る吉野。
 目の前には、羽鳥特製の玉子焼き。
 いつもの食卓。

 ただ、いつもと違うのは、未だに麻酔の効く吉野の口内…。

「あほ、ははひ、しへったのは?」
(あの話、知ってたのか?)
「先生の話か?
 ああ、以前、取材させてもらった時にな…」
「…ほめん…ひんはいはへた」
(…ごめん…心配掛けた)
「隠し通す自信があったか知らんが、無駄なのは昔から分っている事だろ。
 それに、そうして謝るくらいなら、さっさと言え」
「ふん」
(うん)

 自分の身体の事なのに、結局また羽鳥に面倒を掛けてしまう…。
 吉野は自分の不甲斐なさと、ガキっぽさに、シュンと小さくなる。

「へも、アヒにもウウにも、きつかれなかっはのに…」
(でも、アシにも優にも、気付かれなかったのに…)

 辛抱たまらず、目の前にある玉子焼きを一口頬張る。
 独特の違和感の残る口内が、甘く上書きされていく。

「当たり前だ、一緒にするな」

 と、背後から声がして、首だけ振りかえると、盆に皿を載せた羽鳥が立っていた。

 目の前に、ごま豆腐の皿と、柔らかめに炊いた白ご飯の入った茶碗がプラスされる。
 『いただきます』と匙(さじ)を手に取ったが、まだお預けのようだ…。

 羽鳥は、盆を脇に挟むと、吉野の顎を掬って、唇を塞ぐ。
 麻酔は唇にまで掛かっていて、羽鳥のキスにタイムラグを感じる。

「……ん…っ…ん…」

 上手く動かない舌は羽鳥のそれに捕らえられ、くちゅと音を立てて甘噛みされる。
 いつも以上に自由を奪われた唇は、息をするのもやっとで、無意識に羽鳥のシャツを掴んでしまう。
 歯の裏を舐められて、上顎を舌先で撫でられると、脳の中がジリリと熱くなって、防御出来ぬまま、頭がボーっとしてくる。
 チュと音を立てて唇が離れると、その切れ長の目が吉野をジッと見詰め、フッっと微笑む。

「俺はお前の恋人なんだから」

 吉野は、さらに顔が熱くなるのを感じて「お前、バカか!」と言おうにも、口がうまく回らない。

 平然と前の席に着席した羽鳥が、唇を舐めて「ちょっと甘くし過ぎたか??玉子焼き」と吉野を見る。
 その言葉に、口内に残った麻酔と違う感覚が刺激される。

「顔、赤いぞ」
「ひらん!」
(知らん!)
「あと、医者の言う事はちゃんと聞いておけ」
「へ?」

 他意は無い、羽鳥の考えは“文字通り”である。


 しかし、吉野は、ある言葉を思い出して、落ち着き始めた頬に、再び熱を帯びる。

 それは、あの女医が言っていた言葉…。


 『吉野さん、治療後は麻酔が効いてますからね、気をつけて下さい。
  特に“熱い物”には…』


 「おい吉野」

 その声に、羽鳥を見るといつもの調子で、こう言い放った。

 「ご飯炊きたてだから、ヤケドするなよ…」


 吉野は、目の前の男に、皺くちゃのハンカチを投げつける。



 唇に感じる想いは、間違いなく、世界一熱い…。


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■逆流砂時計の糸谷はるあ様に「相互記念のSSを」とのお申し出を頂き、書かせて頂きました。
 はるあ様のリクエストは『虫歯になってしまい、歯医者に行きたくないと駄々をこねる千秋をトリがどうにか宥めて連れて行く、みたいなお話』と頂きました。
 某アニメの某雪女のような「メニアック!!」なリクエストでした(笑)
 その為、随分と長い話になってしまいした…。
 すみません…。
 藍屋と言えば苺大福ですが、せっかくなのでお菓子も春仕様です。

■はるあ様のように軽快で愛らしいSSは私には書けないので、“伏線回収を吉野と一緒にしてもらう”という手法をとりました。
 宥めてないし、駄々こねシーンも冒頭だけですが…。
 いかがでしたでしょうか?
 ご希望に1%くらい添えておりますでしょうか?
 はるあ様…。
 そして、こんな駄文サイトですが、宜しくお願いします…。


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