世界で一番熱いモノA | ナノ


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「今日は、晩飯を作ってやれない」

 吉野の家に来て開口一番聞かれるのは「トリ、ゴハンは?」だったりする。
  なぜなら、彼の中で“トリが来る=晩ごはん”という、何とも単純な方程式が出来上がっているからである。

 しかし、今日は、その確認は無く、夕飯の話を切り出したのは羽鳥だった。
 吉野は、ソファーに腰を下ろすと、キッチンに立つ羽鳥に「わかったぁ」と返事をする。

 ネームの進み具合を見に来たのだが、いつもの癖で、キッチンに立ってしまった羽鳥が、冷蔵庫を開けると、そこには見慣れたタッパーが収納されていた。
 吉野宅に来るのは2週間ぶりだが、先日、打ち合わせの時に、自宅で作った惣菜をタッパーに詰め、吉野に渡しておいたのだ。

 『まだあるな』と、確認したのだが、何か引っかかり、閉めかけたドアを再び開ける。

「ん?減りが遅い…」

 そう呟くと、金平ゴボウの入ったタッパーを開けた。

 羽鳥は基本、吉野の好きなメニューを作る。
 だから、ストックが、すぐになくなるのが当たり前なのだ。

 が、『今回はいつもより減っていない気がする…』と羽鳥は思った。
 『気のせいか?』と、タッパーを戻そうと冷蔵庫の奥を見ると、そこには先々週の日曜に買ってきた、徳用アルファベットチョコ。
 しかも、未開封…。

 甘い物が好きな吉野は、スーパーに行ってはファミリータイプの袋菓子を購入する。
 小梱包されていて一個のサイズが小さいため、気が付けばあっという間に食べてしまい、羽鳥はいつも「食べ過ぎだ」と注意する。
 それが、未開封のまま…。

 「新しく買ってきたのか?」と思った羽鳥だったが、サイドポケットに入っているダイエットコーラを見て、首を傾げる。
 栓は開いているが、コップ一杯分も減っていない。
 これも、吉野千秋という男の行動にしては、不自然だ。
 「飲むな!」と言って取り上げなければ、止めようとしない吉野が、自発的にこの量で止める事は考えられない。

 いよいよおかしい。

 羽鳥は、冷蔵庫を閉め、シンク下の収納扉を開けた。
 そこには、2リットルPETのミネラルウォーターが1ケース以上常備されている。
 が、やはりこちらも減りが遅い。

 カップ麺の保管場所も見てみたが、こちらは減っている。
 決して、物を食べていないという訳ではないようだ…。

(何か、おかしい…)

 風邪をひいたとは聞いていないし、体調が悪いならそれなりに言うだろう。
 いくら数日前まで修羅場だったとはいえ、簡単に口に出来るお菓子やジュース、水が減っていないのは明らかにおかしい。

 が、決定打はない。
 事実、目の前の吉野は体調が悪い様子もないし、いつもと大して変わらない。

「おい吉野」
「ん?」
「藍屋で春の新製品出てたから買ってきた。
 お茶入れるから、一緒にどうだ?」

 一応、念頭に不信感を書き留めつつ、羽鳥は土産に買ってきた菓子折りを紙袋から取り出した。
 藍屋は苺大福が絶品なのだが、他の和菓子もやはり旨く、3月のイチオシは、桜しぐれ。
 桜の香りを練り込んだ餡を、桃に色付けした黄身時雨(きみしぐれ)で包んだ蒸し菓子で、蒸しの工程で自然に割れる皮から赤みがかった餡が覗いて、蕾が開花する春の息吹を現す季節の和菓子だ。

 本来なら、懐紙を置いた漆塗りの銘々皿などがあればイイのだが、万年引きこもりの男の家に、そんな品(ひん)のイイ物がある訳ない。
 味もそっけもない皿に盛られる菓子に多少の罪を感じつつ、羽鳥は、渋目の小皿を2枚取り出し、柔らかい桃色のお菓子を盛ると、菓子折りに付いていた黒文字を添える。

 玄米茶を入れる為に火に掛けたケトルを、コンロから下ろし、先に湯のみを温めると、まだ沸々と音の鳴るケトルから急須に湯を注ぐ。
 香ばしい匂いが立ちこめると、渋みが出ない内に温めた湯のみへ移し、それを小皿と共に盆へ載せると、それなりの茶会セットが出来上がった。

 盆をテーブルに持っていくと、香りにつられた様に吉野は指定席に着く。

「トリ、かわいいなコレ!」

 吉野は、職業柄、可愛い物が好きだ。
 目の保養にもなるし、創作意欲を掻き立たせる物でもある。
 羽鳥もそれをわかって、目敏くも吉野の作家としてのモチベーションを上げるため、自分は苦手な甘い物もチェックするのだ。
 無論、その大義名分の裏に、『吉野の笑顔が見たい』という恋人としての願望が、当たり前のように存在するのは秘密だが…。

 皿に盛られた菓子をみて、キラキラと目を光らせた吉野は「いただきます」と黒文字を、その薄桃色の皮に刺していく。
 断面を見た吉野は「キレイな色!」と、皿の方向を変えて観賞する。

 そんな吉野を見ていた羽鳥も、黒文字を菓子に刺し、適当な大きさに切って、口に運んだ。
 上品な甘さの後に、餡に少し入った塩分が、さっぱりと口の中に清涼感を与える。
 薄ら桜の香りがして、とてもおいしい。
 羽鳥は、隣に置かれた湯呑を手に取ると、口を清める様に、ひとくち含む。
 淹れたての玄米茶は、きっと猫舌の者なら躊躇してしまうだろうが、幸い、羽鳥も吉野もそういった難はない。

 ふと、羽鳥が目を吉野に移すと、バチっと視線がぶつかり、癖で眉間に皺を寄せてしまった。

「どうした?」
「えっ?あ、いや」

 なんとも歯切れの悪い回答を寄こす吉野の手元を見ると、茶も菓子も全く減っていない。

「食べないのか?」
「えっ、ト、トイレ行ってくる!」

 そういって、吉野は席を立ってしまった。

 数分して戻ってきた吉野は「このあいださぁ」と、何事もなかったように世間話を始めた。



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「じゃ、もういく」
「ああ」
「サボるなよ」
「わかってる」

 いつもの調子の会話をしながら、吉野は忙しい恋人を玄関まで送る。

 と、玄関までのストロークで、羽鳥は一つ気になるモノを見つけた。
 何気に開いていた洗面所の扉。
 そして、洗面鏡の前に置かれていたモノ。

(あぁ、やっぱり…)

 羽鳥は、「明日は暇か?」と聞くと「うん」と何気に応えた吉野に「ネーム来週中だ。暇な訳ないだろ」と渇を入れて玄関を後にした。



 駅までの道すがら、羽鳥は携帯を取り出し、何処かへ電話を掛ける。

「もしもし、お世話になっています。
 羽鳥芳雪です。
 そちらは、土曜もやっていらっしゃいますよね?
 いえ、自分ではなくて、知人を診てもらいたいんです…。
 はい…。
 吉野千秋です。
 はい…。
 では、13時に…宜しくお願いします」

 羽鳥は、電話を切ると、そのまま吉野にコールして「明日、12時から一緒に出掛ける」と一方的な用件を伝えた。


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