加虐気味な彼と、それを煽る彼の話E | ナノ


2012-03-09


 事後です。
 このお話は、にしな様が運営されている丸川ハットリくんにて『約束の有効期限』というタイトルで発表させて頂きました。


+++


 目が覚めると、夕刻近く。

 隣は蛻(もぬけ)の殻で、ぬくもりもない。
 その代わりに、少し開けた扉の向こうからいい匂いがする。

 身体についていたはずの、諸々はキレイにふき取られていて…。
 ただ、腰に残ったダルさで、今朝の情事が事実だったとわかる。

 そんな重い身体を引きづってリビングに行けば、イイ匂いは濃さを増す。

「おはよ、トリ…」
「おはようって時間じゃないが…」

 エプロン姿が板に付く恋人。

「トリのせいだろ…こんな時間になったの」
「まぁ、そうかもな…。
 すまん」

 今日はヤケに素直な反応。

「身体、大丈夫か?」
「だ、大丈夫…」

 心配されるのはありがたいが、やっぱり思い出してしまって恥ずかしい。

「もう出来るから、顔洗ってこい」
「あっ、うん」
「カラダ、気持ち悪いなら、先に風呂入ってこい」

 その一言に、濃密だった時間がふと脳裏に蘇る。

「顔、赤いぞ!」
「バ、バカトリ!」

 “バタン!”

 掛け込んだ洗面所の扉に背を預けて、ドキドキと拍音のする身体を抱きしめる。

「はぁ…」

 出るのは溜息ばかり…。

(洗面所の扉、"バンっ!"って閉めたの、後で怒られるかな…)

 鏡に映った顔は、やっぱり赤かった。


+++


「そ、その……ゴメン」

 最後に"ズズ"っと味噌汁を啜り、箸を置く。
 すると、先に食い終わった恋人が、申し訳なさそうに眼を伏せていた。

「なにがだ?」
「怒った?」
「??」

(さっき、洗面所の扉をバタンと閉めたことか?)


「“バタン”か?」
「それもだけど…。
 その…先に寝て」
「え?」
「きのう…」

 『そんなこと…』と思ったが、気にしてくれてちょっと嬉しい。

「別に、気にするな」
「気にするよ…」
「それとも、なにか詫びでもしくれるのか?」

 …冗談。
 こうして一緒に居てくれるだけでいい。

 でも、何故に赤面?

「詫びって…あ、でも、朝、その」
「ヤったのが“お詫び”?」
「ヤ、ヤったとか、いうな!」
「熨斗(のし)なんて付いてなかった気がするが…」
「の、のしって…」

 確かに、久々にヤった感はあるからな。
 『お詫び』…に、なるのか?


「“お詫び”って言う割に、お前も気持ち良かったんだろ?」
「えっ、あっ、それは、そのなんていうか」

 こうして、口籠って、赤くなる。
 隠しきれないなら、吐露(とろ)すればいいのに…。

「あれはウソか?
 なら、もう一回してやろうか?」
「!!!いい、それはいい!」
「その『いい』は肯定の意味と捉えていいのか?」

 変な電話勧誘に引っ掛かかるぞ。

「ち、ちがう!ちがう!そ、その…よかった、から…」
「そりゃ、よかった」

 本当に、何も要らない。

「いいよ、もう十分だ」

 欲しいものなんてないよ…もう。

 ……。
 いや、嘘だ。
 欲しいものがないなんて…。

 お前の全部が欲しい。

 でも、『お前のこの後の人生を全部俺にくれ…』
 …なんて言えないだろ…。

「なんか、むかつく」

 頬を膨らませたお前が可愛くて仕方ない。

「なんか、むかつくってなにがだ?」
「なんか俺の気がすまない!」
「朝のでイイよ。『気持いい』だの『入れて』だの言ってく―――」
「むあぁぁぁ!言うなぁ!!エロトリ!!」

 そうやって、ワーワー言って、耳を塞ぐ。
 相変わらず慣れないな、こいつ。

「と、とにかく何か言え!何か欲しい物ないか?
 何でも買ってやる!」
「んー、そうだな…」
「なんだ?何が欲しい?」
「やっぱりないなぁ…」

 お前以外、別に興味なんてない。

「お前には物欲ってもんがないのか?」
「物欲…お前に対しての、せい―――」
「わ、わかった!それ以上は言うな!」

 ゆでダコか、こいつ…

「よし!トリ、紙くれ!紙!一枚!」
「紙?何でも良いのか?」

「おう」
「ちょっと待ってろ」

 プリンタにセットしてあったコピー用紙を一枚やる。

 ペンを持った手が、フリーで線を引いて行く。
 単なる線なのに、コイツが引くと動きだしそうに見えるから不思議だ。

「『肩たたき券』だけはやめてくれよ」
「へ?」

 やっぱり…。

 引かれた線は五本。
 縦に一本、横に四本。
 そんなもの、10枚綴りの『肩たたき券』と昔から相場が決まっている。

「なんでだよ」
「お前のマッサージは揉み返しが酷い」
「そうだったけ?」
「前に柳瀬が言っていた」

 あの時だけは、俺じゃなくて柳瀬でよかったと思ってしまった…。

「んじゃ」
「『飯作ってやる券』とか『お手伝い券』もやめてくれ」
「なんでだよ!」
「後片付けや後始末をするのは誰だ?」
「…ぐっ…」

 まごう事なき事実だ。

 でも、こうして俺の事だけを考えてくれるだけで十分だ。

「じゃ!」

 次は何だ?

 ん?
 はは〜ん、そう来たか…。

「『何でも云うことを聞く券』これなら良いだろ?」
「本当になんでもいいのか?」
「良いぞ!…あっ、でも―――」
「わかっている、皆まで言うな。
 仕事では使わない」
「よかった…」

 当たり前だ。
 それで締切りを守るなら、毎年、誕生日に託(かこつ)けてせがんでいる。

 に、しても、何か足りない…何だ…。

 ……。

 あっ!そうか…。

「なぁ、吉野」
「なんだ?」
「これ、有効期限とかあるのか?」

 普通なら来年の誕生日までか…。
 まさか、半年とかはないよな?

「ん〜特にないけど…。
 まっ、いいじゃん、ずっと一緒なんだし…。
 うん“無期限有効”だな!」

 ……。

 ほら、また。
 そうして期待させる…。


 ああ、無意識って罪だ…。


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