2012-02-24
恋に呪文があるなら、それはきっと“あの6文字”
『恋の呪文-Pass Word-』
「夢か?いや、大丈夫だよな?
夢じゃないよな?
うん、大丈夫…大丈夫…いや、大丈夫なのか??ん?」
さっきから、ブツクサと独り言を言いながら、部屋ウロウロしている吉野は、机の上に載ったネームをジロジロ見ながら悩んでいた。
いや、悩むというよりかは、信じるか信じないか…なのだが…。
ここにあるネームは、本来、来週半ばに完成する予定だったのだが、天変地異でも起こったのか、溢れるアイデアを全てネームにしてしまったのだ…。
プロットの段階から、調子が良かったのは確かだったが、羽鳥に「お前は波があるから気を抜くな!」と言われ、それは、自分でも重々承知していて…。
だから、今、ココにあるネームが本当に自分で書いたものなのかも信じられないのだ。
本当ならば、来週の今頃に出来ていても、不思議ではないその物体が、本当に現実に存在しているのか、吉野は自分の頬を抓ってみた。
「…っ、痛い…」
どうやら、夢ではないようだ。
「夢じゃない!」
なんとも間抜けな結論である。
『善は急げ!』と言うが、やはりこの場合も、担当である羽鳥に電話するのがセオリーであろう。
吉野は、ジーンズのポケットから携帯を取り出すと、履歴から羽鳥にコールした。
『はい、羽鳥』
数回のコールの後、聞き慣れた声が、耳に入ってきた。
「あっ、トリ!俺。」
『お疲れ、どうした?』
「あのさ、ネーム見てくれる?」
『えっ?…』
羽鳥からすると、この時期にネームを仕上げるなんて、万年0点の某国民的アニメの主人公が100点を取るくらいのミラクルなのだろう。
隣に青いタヌキでもいるのではないかと疑いたくなるくらいだ。
「もしもぉーし、羽鳥くーん、聞こえてますかぁ?」
『あぁ…、いや、ちょっと驚いて…ネームって、本当か?』
「し、失礼な!ココにあるぜ、ネームが!」
吉野は、机の上に乗った紙の束をバフバフと掌で叩いた。
その音は羽鳥にも聞こえているであろう。
「それに、俺がお前にそんな嘘吐いてどうするよ!
…で、送るか?」
『いや、直にチェックする』
「そうか?」
「そうだなぁ」と言いながら羽鳥が間を取った。
手元にあるスケジュール帳を確認しているのだろう。
吉野は羽鳥の指示を待つ間、ふと、自分が徹夜をしてこのネームを仕上げたことを思い出した。
『じゃ、今日の午後5時からはどうだ?』
「ん、5時ねぇ」
壁に掛った時計を見ると、午後2時。
羽鳥がその時間を指定してくるとういことは、その間に仕事があるという事だ。
自分もこのネームにOKがもらえないと次の作業に取り掛かれないのは確かだが、今回は予想をぶっ飛ばした好調具合だ、別に焦る必要はない。
ただ、さっき自分が徹夜をしたと言う事実に気付いて、物凄く眠い気がする。
というか、眠い。
素直というか、現金というか…、気付かなかったら多分眠くなってはいなかった気もする。
午後5時と言う時間…。
ネームを描き始めたのは昨日の夕方。
羽鳥との約束の時間まで起きているとなると、丸24時間以上起きていることになる。
体内時計が84時間と羽鳥に揶揄されるが、やはり、人間、24時間丸々起きていれば、眠くなるし、ひと仕事終えた今は、気も緩んでいて起きているのもしんどいのだ。
『おい、聞いてるのか?吉川千春!』
「あっ、あっ、ゴメン、5時ね、うん、頑張る!」
『頑張るってなんだ?』
「えっ、あぁ、ネーム仕上げるのに徹夜しちゃって、眠くなってきちゃった…はは」
『おまえ…』
「ああ、大丈夫、3時間だろ」
『寝ておけ、起こしに行くから』
「ん〜」
『今度はなんだ?』
やや不機嫌な、羽鳥の声色に、言おうか言わまいか迷う吉野を見透かしたように「迷ってるなら言え」と羽鳥。
頑張って起きていれるほど忍耐強い人間ではないし、それは羽鳥が重々承知している吉野の性格である。
「場所ってさ…」
『起こしに行くって言ったらお前の家だろ』
「ん〜」
『なんだ?出かけるのか?それとも、今、外か?』
「ん?外…、か?…」
『なぜ俺に聞く。
じゃ、明日でも良いが』
吉野は壁掛けの時計に表示された曜日の欄に、金曜日と表示されているのを確認すると「だめだめ!明日土曜日だろ?休日まで仕事させるつもりはないから、やっぱ今日!」と羽鳥に告げたが「今更気にするか?」と呆れ口調に返された。
『言っておくが、今からは無理だぞ、空いて5時以降だ』
「まだ、仕事あんの?」
『とりあえず、定時で上がれそうだからなぁ…。
まぁ、お前のネームが入ったから定時は無理だが、気にするな』
「じゃ、今日は定時だな」
「はぁ?さっき言っただろう、お前のネームがあるから――」
「つか、今、トリの家なんだわ」
『…お前…』
「へへへ」
本能と言うか、習慣と言うか、どっちにしてもそれは恐ろしいもので、吉野は何かひと仕事終えると、トリのベッドで寝たがる癖がある。
癖と言うよりは、生態といった方が合っている気もする。
今回も、気付いたら羽鳥の家に居た…そんな感じなのである。
「んじゃ、お前のベッド借りるな」
『ダメだと言ったらどうする』
「えっ、ダメなのか?」
『もういい、好きにしろ』
「サンキュー!
んじゃ、帰ってくるのは4時間後だな!
ちゃんと起きて待っててやるよ!」
『用件は済んだ、もう切るぞ!』
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