素描の旅人-Sketch Book Voyager@ | ナノ


2012-02-16


 オリキャラ死ネタ。でも、グロさは無し。


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 「Marvelous!!愛を感じます。」


 彼は俺の無意識に気付いていたのか??



『素描の旅人 -Sketch Book Voyager- 』




 夏の暑さにヤラれた訳ではないが、伸びていると言った表現がぴったりな吉野千秋と「クーラー点けているのに溶けるな!」とキッチンに立つ羽鳥芳雪。
 付き合ってから3度目の夏。
 吉川千春先生、もとい、吉野千秋は只今、スランプ真っ只中なのだ。
 こんな時、担当である羽鳥は何をするかと言えば、ただ見守る事しかできない。
 ネームがうまくいかない、ネタがない、資料が欲しい。
 そんな事なら何とでもなるが…いや、結構厳しいのは事実だが…まぁ、なんとかなる。
 いや、意地でもなんとかしてやる。
 ただ、絵のスランプに関してはどうしようもない。
 筆が遅い吉野だが、画質的なスランプに陥る事が比較的少ない分、一度嵌るとなかなか抜け出せない。
 尻を叩いて治るのであれば、とっくにそうしているが、残念ながらそんな簡単に行く訳でもなく、唸りを上げながら白い紙に向かう吉野は、焦りながらその迷宮を彷徨っていた。

 スランプになって4日目。
 あと4日もすればデッド入稿確実な日程だが、吉野の仕事机には真っ白な原稿用紙が積まれたままだ。

「はぁ…。なぁ、トリ。俺どうしよ…」
「俺に言われてもな…スランプだけはどうにもできん…」

 氷をマグカップに入れると、濃い目にドリップした珈琲を注ぎ入れ、リビングの机に突っ伏している吉野の前に差し出した。
 周期の真ん中の土曜日であるが、吉野以外の担当作家は順調で、休日出勤もなく、お家デートがてら吉野の様子を見にきた羽鳥だったが、週半ばにもらった『ヤバい、スランプかも』と書かれたメールの状態がまだ続いているとは思っていなかった。

「いろいろ試したんだ。
 落書きしたり、散歩したり、マンガ読んだり、デッサンしたり、人の画集見たり…でも、ダメ。
 全然描けない」

 羽鳥としても、目の前で脱力する恋人兼担当作家をどうにかして救いたい。
 「トリの飯食ったら調子戻るかも!」と、言われ、出汁巻き卵・南瓜の煮付け・金平牛蒡・おつまみに手羽先の甘辛煮と、好物を机に並べたが、結果は同じで…。
 羽鳥自身が、仕事でスランプというモノに陥ったこと…いや、陥る暇?がなかった為、こんな時どうしてやったら良いかなんてわからないのだ。

(『がんばれ』なんて言うとダメって言うし、前のスランプはゴロゴロして3日で抜けた。その前は、デッサンとか落書きとかして1週間後にどうにか戻った…。コレって前例がないからな…、こいつの場合……)

「そういえば…」
「ん?何?トリ…」

 それは、いつかの新聞で読んだ記事だった。
 とある画家が、インタビューに答えたモノで、羽鳥としては単に目を通しただけで、興味を持って読んだわけでも、感銘を覚えたわけでもないが、頭の隅っこにあった薄っすらとした些細な記憶だった。

「いつだったか、忘れたが、画家のインタビュー記事で、スランプに陥った時は、初心に帰るって言っていたな…。
 初期の作品とか、学生時代のデッサンとか見るって」
「初心ねぇ…初心…初心…」

 羽鳥の入れたアイスコーヒーを行儀悪くズズっと啜りながら、そう呟いた吉野は、何かを思い出したようで「アッ!」と叫ぶと、マグカップをテーブルに置き、バタバタと仕事場に走って行ってしまった。
 羽鳥も後を追い仕事場を覗くと、普段、資料やトーンを収納している戸棚をガサガサと物色している吉野が目に飛び込んできた。

「何探してるんだ?」
「スケブ?」
「スケッチブック?」
「そう!」

 羽鳥の問いに振り向きもせず、そう答えると、次々に戸棚をひっくり返していった。
 後で片付けるのは誰だと思っているんだ?と思いながら羽鳥は「スケブならそこにあるだろ?」と、いつも吉野が座っているデスクの脇を指差したが、首だけ振り向いた吉野は「違う!それじゃない」と、また探し物を続けるのであった。

「その、スケブじゃない。
 ほら、あのスケブ」
「“あの”じゃ、わからん」
「先生の!」
「先生?」
「三沢先生のスケブ!」

 口の中でさっき言った吉野の言葉を復唱しながら咀嚼した羽鳥が「それならお前の実家だ」と言うと、吉野はバタバタと羽鳥に駆け寄り、両腕を力強く掴むと、宝物を見つけた様な顔をして、こう言い放った。

「今から、実家行くぞ!トリ!」


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