雨の軌跡 | ナノ


2012-08-31


空白を埋める作業って楽しいね!
※あさいさ記念日!様に寄稿したものです…って、再録し忘れてた事に気付いた2013年1月…(^_^;)


+++


「アイツの…薫の住所、教えてくれ」

 親父の書斎を掃除していた朝比奈の母に、俺はそう言った。
 朝比奈の母は、驚いた顔で俺を見た。

「…?
 あの子、坊ちゃまに言ってなかったんですか!?」

 不思議に思ってもおかしくない。
 あれだけ一緒にいたのに、あれだけ長い間一緒に居たのに…。

「あぁ」

 しかし、聞かなくては分からない。
 見栄や意地を張って、聞き出せないなんて本末転倒甚だしい。

「えっと…、ちょっと待って下さいね」

 朝比奈の母は、エプロンのポケットから手帳を取り出す。
 そこに挟まれていたのは、手のひらサイズに折り畳まれた紙だった。
 折り目正しく丁寧に4つ折りにされた紙を開くと、質素な便箋の上に、郵便番号、住所、簡素な地図が描かれていた…朝比奈の筆跡で。

「これ、借りてイイか?あとで必ず返すから」

 本当に返す気でいた。
 しかし、朝比奈の母は俺に向かって「差し上げます。必要なら、またあの子に書いてもらえばいいだけですから」と微笑んだ。
 その微笑みは、朝比奈に似ているのだろうか?
 もう忘れてしまった。
 アイツが最後に俺に微笑んでくれたのは、いつだったんだろう…。





 外は雨。


 午後21時。
 家から300メートル先のバス停。
 20時以降のバスは一時間に1本。
 飛び出してきたから、手持ちは大してない。
 よって、タクシーは使えない。

 傘に当たる雨音が、バチバチと耳にうるさい。

「なんでなんだよ…」

 一体、何に怒っているのか自分でもわからない。
 でも、早くしなければ…。
 気持ちだけが焦る。



 駅までの道、徒歩15分。
 いつの間にか走ってた。

 スニーカーの中を少しずつ侵食する雨。
 裾に跳ね返る…。

 冷たい。



 10個先の駅。
 260円の切符を弄ぶ。
 時間にして20分。
 こんなに不安な乗車が今まであっただろうか?

 ポケットに入れたメモを開いて、その字面を撫で読む。
 が、頭に入ってこない。



 改札口。
 傘を座席に忘れた。
 階段を上り地上に出れば、雨は止んでいた。

 夜なのに、空は妙に明るい。
 雨雲がどんよりと上から蓋をするように、一面を覆っていた。

「もう降るなよ…」

 ちっぽけな俺の願いを神様は聞いてくれるのだろうか?



 メモには駅から15分と書かれていた。

 大通りを渡り、坂道を登る。
 コンビニを通り過ぎると、公園が見えた。
 再びメモに目を落とすと、文字の端が滲んだ。


 雨だ。


 舌打ちした所で、雨足は強くなるばかり。
 メモをポケットに突っ込んで、早足で暗い道を進む。

 知らない道を行くほど怖い事はない。
 足元を照らすライトを持っているのは、朝比奈なんだ…きっと。



 ドアの前。
 向こうに人の気配。

 朝比奈だよな?
 もし、女が一緒なら?
 もし、俺を見た瞬間、扉を閉じたら、俺はどうすればいい?
 俺は……俺は……。


「何やってんです、傘もささず」


 俺を見た朝比奈は、驚いた顔を見せたが、言葉はいつもと同じ、俺を心配してくれるあの声だ。



 俺の前から消えるなんて許さない…絶対に。


+++


 窓の外は雨。

「ココに初めて来た時も雨だったな」
「そうでしたね」

 隣に座る朝比奈も同じように窓の外を見ていた。
 その横顔をこうして見られるのは、あの時追いかけて来たからだろうか?
 あの時、追いかけなければ、どうなっていたのだろう?

「…」
「龍一郎様?」

 視線がバチっと合ってしまった。
 その目は、俺だけを見ている。
 俺は、その感情を痛い位に知っている。

「…ケ、ケツの孔…掘られるとは思ってなかったけど…」
「言葉が汚いですよ、龍一郎様…」
「突っ込む所そこかよ!」

 しばし、沈黙。

「後悔…してますか?」
「へ?」

 俯く朝比奈の横顔。

「あの日、ココに来た事…」

 どうだろう?

 いつも、考える。
 どの瞬間で分岐したのだろう?
 分岐していなければ、どうなっていたのだろう?

 疑問は浮かぶが、目の前に答えがあるなら、今更考えても意味が無い。

「わからん…。
 後悔する要素があったとしても、そのアクションを起こしたのは俺だ。
 俺は、己の人生において、後悔はしない。
 それぐらい、知ってるだろ」
「はい」
「それに、気付いたら、お前の親に住所聞いてたし、気付けば、家を飛び出してた。
 考えてたのは、お前の事だったし。
 …いや、何も考えられなかった。
 身体が勝手に動いて、頭の中は空っぽだった」

 覚えているのは…。

 一時間に一本のバス。
 煌々とした電車内。
 ディフォルメされたアナウンス。
 明るい灰色の空。
 暗い公園。
 再びの雨…冷たい雨。

「ただ、一つ言えるのは…。
 あの日、ココへ来なかったら、バックバージンより大切なモノを無くしてたって事くらいじゃねぇの?」

 ギュッと抱きよせられ、優しい声が頭上から降ってきた。

「龍一郎様…今日は少し冷えますね」
「そ、そうか?」

 ドキドキと鳴る心臓がウルサイ。
 朝比奈は温かい。
 あの冷たい雨を温めてくれたこの身体は、今でも俺を温めてくれる。

「はい、一人だと、とても寒いです」

 熱くなった耳に触れる朝比奈の冷たい頬が気持ちいい。

「…一人じゃ、ねぇだろ、バーカ」

 見上げた朝比奈は一瞬目を見開いて、その後、嬉しそうに微笑んだ。


+++


閲覧ありがとうございました。
22歳の青年は一体何を考えてあの部屋までやってきたのだろう?と考えたのですが、たぶん、大した考えはなかったのだろう…という結論に至りました。
龍一郎は常に先を読んで行動している人だと思うのですが、対 朝比奈に関しては頭より先に行動してしまって、墓穴を掘ったり、失敗したりの繰り返し。
正にミステイクを重ねて進んで行く愛なのかな?とか思います。
タイトルは、スカパラの名曲より…。











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