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備え付けの小さな冷蔵庫から水を取り出し、コップに注ぐ。
「いい加減になさい、龍一郎様」
ベッドサイドのテーブルにコップを置き、龍一郎様が寝ている隣に腰を掛けた。
「ちぇっ、バレてたか」
「バレるも何も、無意識の大人一人を肩に担いで、階段を登るなんて、どう考えても無理でしょ?
それに、あんなに服を掴まれたら、起きてるってわかりますよ」
「落ちたら嫌だし」
「なら、泥酔したフリなんてしなければいいでしょ?」
「そ、それは…」
臍を曲げた顔でさえ、私だけが知っているのだと思うと、愛おしく思えてしまう。
「旦那様と一緒だったからって、そうやって拗ねるのはそろそろやめて頂けませんか?」
「へ?」
「見てたんでしょ?
店の前で話しているのを…」
「お、お前、なんでそれを…!」
「一瞬ですが、貴方の後姿が見えたので…」
そう言うと、今度は耳まで真っ赤になる。
「んじゃ、お前、最初から分かってたのかよ!」
「はい。
旦那様から電話が掛かってきた時点で、ある程度の察しはついていましたよ」
「あーさーひーなー」
タネを明かせば簡単。
先方が乗り込むタクシーを店の前で待っている時に、近所にある別の店の前で、数人の若者グループが屯ろしているという普通の光景。
ただ、その中に龍一郎様が居れば特別な光景に変わる。
それは一瞬、ほんの一瞬見えた龍一郎様の背中。
私の隣には、彼の父親。
その時の心の声はこうだ
“あぁ、今日は拗ねるな、きっと…”
そして、勘は完全に当たる。
彼の父の呼び出しに駆けつければ、拗ねた彼の姿。
もう慣れっこなのに、どうしてこんなに嬉しく思ってしまうのだろう…。
「なに、笑ってんだよ」
「いえ…」
「つかさ、恋人が酔って寝てんだから、何かねぇの?」
「酔ったフリでしょ?」
「こまけーな」
「で、何か、と言いますと?」
「こっそりチューするとか、さわさわしちゃうとか」
「さわさわって、貴方、本当に酔ってるでしょ?
大丈夫でっ…わっ」
胸倉を乱暴に引っ張られ、ベッドに落ちれば、龍一郎様に跨がれ、マウントを取られる。
「さっきから、言ってんだろ?酔ってるって」
「まったく…。
最後まではしませんよ」
「わかってるって」
大丈夫だろうか…ちゃんと途中で止められるだろうか…。
はぁ…、どうか最後までしませんように…。
そして、誰も来ません様に…。
そんな私の気も知らない龍一郎様は、鼻歌混じりに私のジャケットとシャツのボタンを解いていった。
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最後までやったかは別の話…。
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