2012-07-15
朝比奈の弱点は龍一郎様だと思ったりする。
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「お前さ、俺が『別れよう』って言ったら、別れてくれる?」
下らない質問だ。
これといって喧嘩をしたわけでもなく、他に好きな奴が出来たとか、そんなんでもない。
ただなんとなく、ピロートークのネタも尽きて、温かな寝具と最愛なる人の腕の中で、ぼんやりと浮かんだ言葉。
いや、言葉ではなく単なる文字列に近い。
そのくらい、意味のない質問。
顔を上げると、朝比奈の口が何か言おうと小さく動いて、その様子が気になってその場を取り繕う言葉を言いそびれてしまった。
“言わなければ良かった…。”
そう思っても、後の祭りだ。
眉間に皺を寄せ、瞼を閉じた朝比奈の顔から、何を言おうとしているのか察することができず、あの最悪のフレーズが呼び起こされる。
『貴方がそうおっしゃるなら 私はそれに従います』
朝比奈は、そう言って俺の前から去ろうとした。
実際、俺が引きとめなければ、朝比奈はドコかへ行っていたのだろう。
俺の知らない土地で俺の知らない人と知り合って、俺の知らない物を見て、俺の知らない感情を知って、俺の知らない所で命尽きていたのだろうか…。
朝比奈が居ない生活が想像できない俺。
でも、朝比奈は俺の居ない生活が想像できてしまうのではないか?
そう思った時に感じるのは、――― 恐怖?
結局、この気持ちは一方通行なのだろうか…。
なんとも言えないその空気に若干の居心地の悪るさを感じて「冗談冗談!」と気を拡散させようと、朝比奈から離れるため身じろいたが、後頭部に手を回され、朝比奈の胸に抱き込まれてしまった。
聞こえるのは朝比奈の鼓動と、息を大きく吸い込んだ様子の音。
そして、頭上と体全体から聞こえる朝比奈の声。
「龍一郎様…、私は…、私は…」
力強い包容と何か必死に言葉を絞りだそうとしている朝比奈の雰囲気に、言葉を発することも出来ずにその腕の中に抱かれていると、いつもより張りのない朝比奈の声が聞こえた。
「私は、貴方の意思に…」
ああ、やっぱりだ。
こいつは、あの時から何も変わっていない…。
もっと、俺を求めてほしい。
もっと、俺を必要としてほしい…。
お前との関係を望んでいたのは、結局、俺だけだったのか?
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