結果の必然性E | ナノ


2012-06-25


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 週明け月曜日。

 気の重いまま、出社するのはホント身体に悪い。

 週末の最悪気分を思い出し執務室の扉を開いた俺は、見たくない顔が室内に居ない事に少しホッとした。
 と、秘書用のデスク横に見慣れた植木を発見し、ドキリと胸が鳴る。

 「これって…、アマドコロ?なんで、ココにあるんだ?」

 コンコンと扉からノック音。
 返事をすると、開かれた扉から聞き慣れた声が聞こえる。

「失礼します」

 入ってきたのは、女秘書ではなく朝比奈だった。

「おはようございます」
「おはよ、連絡係が何か用か?」
「用がなければ来ません」

 何かあったか?
 連絡係が俺に?

 PCの電源を入れながらではあるが一応考えてみた。
 が、何も浮かばなかったので、朝比奈に直接要件を聞くことにした。

「なんだよ、用事って?」
「人事異動がありました。
 メールを確認して下さい」

 慌てて受信フォルダを開く。

「あっ…」

 ≪【至急】人事メール≫と件名されていたメールには、こう記されていた。


 “朝比奈薫 秘書室連絡係から井坂龍一郎氏専属秘書に異動”


 顔を上げると、デスクの前に立つ朝比奈。

「本日付けで、専務の専属秘書となりました、朝比奈薫です。
 よろしくお願い致します」

 呆気に取られる俺を無視して、朝比奈は早速仕事の話を始める。

「こちらが、部決会議の資料です。
 あと、この書類にサインを…。
 それと、未決書類はこの箱に入っています。
 上からプライオリティーの高い順です。
 必ず当日中に処理なさってください。
 13時より社外取締役と懇談を兼ねて会食がございます。
 12時には出社の準備をお願いします。
 専務?聞いていらっしゃいますか?」
「へ?…あ、あぁ」


+++


「お疲れさん、室長〜」
「あら、井坂専務、お疲れ様です」

 部決会議の帰り、廊下の突き当たりにある給湯室で秘書室長を見つけた俺は、なんとなしに声を掛けた。

「朝比奈君はどうですか?」
「どうって…、煩いぐらいに有能」
「でしょうね…、彼はウチのエースですから」

 そう言って室長は微笑む。

「彼女、気になりますか?」

 “彼女”とは、ミス多発女の事だろう。
 大して気になりはしないが、話したがっている室長に調子を合わせて「まぁ、一応はなぁ…いきなりだったし」などと言ってみる。

「クビは飛ばしてはいませんよ」
「不経済だからな」
「ええ、彼女は秘書としては使いものになりませんでしたが、他の部署では比較的使える社員ですし、育てて来た人材を容易く捨てるほど、丸川はバカではありませんし…」
「そうか…」
「いえね、金曜に電話がかかってきて、やっと部署異動願いを出すって言ってくれたんですよ」
「…えっ?…“やっと”??」

 やっと??ってどういう事だ?

 意外な言葉に、眉間に皺を寄せながらも、ニッコリと微笑む室長の話を聞く。

「ええ、なかなか出してくれなくて困っていたんです。
 彼女、人事部長の娘さんで、なかなかの美人な上に、良い大学出てるし、頭もそれなりに良くて、男受けしそうな性格してるから、他の重役は可愛がってしまって…。
 多少ミスしても『大丈夫大丈夫』って、皆様フォローしちゃうんですよね…まったく…」

 言いたい事が見えてきた。

「まぁ、秘書室としてはミスする秘書は不要なので、さっさとどっかに行って欲しかったんですがね、相手が人事部長の娘ともなると、ねぇ…。
 それに、貴方を狙っていたみたいなので、これ幸いと、宛がってみたんです」

 クスっと笑う秘書室長。

「専務は、あの子を不要と思って下さると思っていましたし、さすがのあの子も気付いてくれるかなぁ…って。
 にしても、結構、厳しいこと言っちゃったみたいですね、専務…。
 まぁ、でも、何か言おうにも、人事部長もメンツがありますからね…。
 というか、土曜日に休日出勤して、月曜からどうにか朝比奈君に就いてもらえるように調整したんですよぉ。
 朝比奈君に伝えられたのも、昨日の夕方でしたから、結構バタバタしましたよ〜
 まだ、事務処理が完了してないので彼女は秘書室預かりになってるんですが、朝比奈君は特に引き継ぎ不要っていうもんですからね、今日から専務についてもらったってわけです。
 これでやっと秘書室も通常運転です」

 嵌めらた…と、思ったが『仕事の出来る人間を敵に回すほど厄介な事はない』と思っている俺は、作り笑いを顔に浮かべ、心の中で舌打ちした。

“pipipipi...”

 そこに、室長の携帯が鳴った。
 所作美しく、その電話に出る室長。

「はい、どうしたの??」

 携帯から微かに聞きなれた声が漏れてくる。

「ん?いらっしゃるわよ、目の前に。
 …ええ。
 はい、ちょっと待ってね」

 室長は、ハンカチを取り出すと、ケータイの画面や話し口の周りをひと拭きして、俺に「朝比奈君からです」とケータイを渡してきた。

 つうか、なんで、ココに居るってわかるんだ?アイツ…。

「なんだ?」
『なんだ?ではありません。
 12時には出社の準備をと申し上げたでしょ?
 どこほっつき歩いているんですか?
 あと、午前中に提出する書類がまだ未決です、一度執務室にお戻り下さい。
 それと、ケータイは携帯なさって下さい!』
「はいはい、わーたよ」

 怒涛の攻撃に反撃も許されなかった。
 秘書のくせに…、朝比奈のくせに…。

 用の済んだケータイを室長に返す。

「戻るわ、室長。
 煩いのが待ってる」
「ええ、そうして下さいな」

 そして、俺は思う。
 室長の美しい頬笑みには逆らえないと…。


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