結果の必然性A | ナノ


2012-06-25


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「遅い」

 背中で龍一郎様の声がして振り向くと、少々拗ねた顔がこちらを睨んでいた。

「ちゃんと30分後に退社しましたよ」

 突然、背後から現れた恋人に別段疑問は感じない。
 マンションの前にある24時間営業のファミレスで、いつものように待っていて下さったのだろう。

 角の窓際が龍一郎様の特等席。
 その席から、このマンションのエントランスホールへ続く階段が見える。
 そして、視線の先に、私を発見すると、龍一郎様は伝票を掴んで、レジへ向かう。
 合鍵を渡せば済むのだが、ダラダラと居座わることはわかっている。
 会社経営に携わるようになり、肩書きに見合った仕事の内容と責任…、それは、以前とは比べ物にならないくらいで、龍一郎様の健康には一層の気遣いが必要だ。
 ずっと龍一郎様の事を考えているし、ずっと龍一郎様の事を思っている。
 だから、一緒に居ると自分にも龍一郎様にも甘くしてしまそうで…。
 ちょうど良い距離が、合鍵を渡さない関係だと、私は自負していたりする。


 扉を開け、廊下の照明を着けると「おかえりなさいませ、龍一郎様」と、少し拗ねた恋人を招き入れる。

「つか、あの女なんだよ、マヂで仕事できねぇーし」

 玄関で靴を脱ぎ捨てた龍一郎様は、タラタラと文句を垂らしながら、歩き慣れた廊下をリビングに向かって進んでいく。
 それに続き入室し、龍一郎の皮靴を敲きに揃え、その背中を追う。

「お前、今、秘書室連絡係だろ?
 なんで、俺の秘書になりたいって言わねぇーんだよ!」
「秘書室内の人事権は、室長にありますから」

 先月まで社長の専属秘書だった私は、秘書室連絡係となった。
 各秘書への連絡、外注業者との打ち合わせ、大型レセプションのセッティングなど、簡単に言えば、秘書室の司令塔的立場だ。
 今はまだ、室長の補佐だが、追々一人でその職務をこなす事になる。
 私の肩に掛かる室長からの期待が重い…。
 何より、龍一郎様の「何故、お前は俺の秘書じゃない!お前がどうにかしろ!」という視線を無視する事がつらい。

「夕飯はどうしますか?
 簡単なモノでしたら準備できますが…」
「…食う。
 朝、食ってから何も食ってない」
「お昼、抜いたんですか?」
「アイツがミスったから、昼休憩抜いた…」

 ションボリした龍一郎様の身体を後ろから優しく抱きしめ、耳元にキスを一つ落とす。

「パスタでイイですか?」
「ん…」
「では、キャベツとツナ缶のパスタにします」

 一人の時は、食事の準備などしない龍一郎様だが、私がキッチンに立つと「俺もなんかする」と隣に立つこともしばしば…。
 元々、何でも卒なくこなす器用な人だから、ある程度の事は一度教えれば、次からは何も言わなくても察して下さる。

 材料を刻む私の横で、大鍋に水を張り、それを火に掛け、皿とフォークを準備して…。
 大体いつもこんな感じだ。
 そして、やる事が見付からずにいると、冷蔵庫に向かう。

「あっ、これ新商品じゃん」
「はい、試しに買ってみました」

 龍一郎様は、冷蔵庫から買い置きしておいた発泡酒を一つ手に取り、私の隣に戻って来る。

「隙っ腹にアルコールはあまりよろしくありませんよ」
「うん、そうだな」

 私の注意事項を当たり前の様に無視して、龍一郎様は、ここ以外では決して飲まない発泡酒のプルタグを開ける。
 そして、ゴクリゴクリとおいしそうな音を鳴らしながら飲んで行く。
 ある程度して、口と喉が潤うと「お前も飲むか?」と、私の口元にソレを持ってくる。
 「では、頂きます」と、両手を調理台から離さず、龍一郎様が傾ける缶から行儀悪く呑んでいく。
 どれだけ隙っ腹のアルコールが身体に悪いと分かっていても、この冷たいビール…、もとい、発泡酒の“一口目の感覚”だけはやめられそうにない…。

 こうして、恋人時間に戻った私達は、向かい合って出来たての料理を食べて、他愛ない話をする。
 もう付き合ってから随分時間が経つのに、この時間が堪らなく幸せなのだ。
 二人だから出来る話、相手に伝えたい事、相手に教えたい事。
 それは、きっと沢山あって、逃げた私を龍一郎様が追ってこなければ、今この関係は存在していなかったと思う。
 私が居なければ、龍一郎様の前には誰が居たのだろう??
 それが考えると、恐ろしくて仕方ない。

 と、若干悲観的になりかけたが、龍一郎様がするのは、大半が例の秘書への愚痴で、それがまるで熟年夫婦の…、特に嫁が旦那に愚痴を聞かす様に似ていて、頬が緩みそうになる。

「なに、ニヤけてんだよ!朝比奈のクセにぃ!」
「…いえ、なんでも…」

 それでも、やはりこの時間を過ごせる自分は幸せ者だ。


 そして、少しアルコールが入って機嫌の良くなった龍一郎様は、私の膝枕でゴロゴロと甘え始める。

「お前は、俺の側に居る事が出来なくて平気なのか??」
「平気だとお思いなら、それは大層な心外という物ですよ、龍一郎様…」

 私の腿に頭を預け、腹にグリグリと鼻先を埋める龍一郎様の後頭部を優しく撫で、もう片方の手で、龍一郎様の手を取り、その指先にキスをする。
 ギュッと手を握り返され、絡めてくる指先を見ていると、ゴソゴソと身を起こし、私と向き合う様に腿に跨ってきた。
 そして、おでこをコツンとぶつけると、至近距離で私の目を覗き込む。

「なら、側に居ればいいだろ?」
「先程もいいましたけど、人事権は室長にありますから…」
「お前がどうにかしろ…」
「無体な事を…。
 他の役職についても配慮しないといけませんし、何より室長に楯突くなどできませんよ」
「……」

 虫の居所が悪くなったのか、龍一郎様は、私の唇に噛み付くようなキスをしてきた。

「…ん…っ」

 一瞬、ビックリしたが、柔らかな舌先で唇を舐められると、易々と口を開いてそれを受け入れてしまう。

「…っ、…はっ、ん…っ」

 色っぽい吐息を吐きながら目を伏せる龍一郎様の顔を見て、口内を弄り始めた舌にチュルっと吸い付く。

「…っ…ふっ…ん…」

 トロリとした目の龍一郎様は、足の付け根にあるまだ火の灯っていない私の熱源にそっと触れてくる。

 随分と積極的な恋人に、ドキドキしてしまうのは、当然の事だろう。
 この至近距離なら聞こえているのだろうか?心拍音。

「シャワーは宜しいですか?」
「浴びて欲しいか?」
「いえ、出来れば、今すぐ抱きたいです」

 少々、ストレートに言い過ぎただろうか?

 そんな事を心配していると、龍一郎様はギュッと私に抱き付き、耳元で囁いた。

「ベッド、行きたい…」


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