結果の必然性@ | ナノ


2012-06-25


※完全版(pass有り)は、あさいさ記念日にて…。
スマホで見たいから公開してぇ…と言われ、完全版再録はじめました…。(20121108)
加筆・減筆・改筆しました。(20160901)


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 俺は、今、この上なく機嫌が悪い。

 無論、顔に貼り付けた笑顔は、いつも通りといった感じで、誰も俺がイラついているなど気付かないと思うが…。

 “カタ、カタカタ…カタ…カタ……”

 タイプ音だけが鳴る、執務室。
 目の前の机には女が一人。
 見た目は美人のジャンルに入る、20代前半の女子社員。

 俺の不機嫌の理由はこの女にある。
 100%…いや、1000%コイツのせいだ。

 俺が丸川の経営に携わるようになってから2ヶ月が経過した。
 宛がわれたのは、専務という肩書きと、執務室と、専属秘書。

 30歳で経営陣に加わった若きエリートは、ワガママ坊ちゃんの面影を残しつつ、大人の折り合いもある程度つけられる男に成長した。
 自分で言うのもなんだが、結構イイ男になった…、うん。
 勿論、全て自分の思い通りに行かない事はわかっているし、自分の力だけでは、この大企業を動かせない事も知っている。
 だから、経営陣1年生である俺は、当たり前の様に目の前に居る秘書が“あの男”じゃなくても、仕方ない事だと思っている。
 宛がわれた物に文句を言うつもりはなかった。

 しかし、この女秘書はミスが多い…いや、多過ぎる…。
 優先順位で仕事を回せない、期限ギリギリの書類を渡す、内線の折り返し忘れなんて日常茶飯事だ。
 社外関係でミスがないのは奇跡なのだろうか?などと低レベルな疑問が頭に浮かんでくるくらい…。

 目の前の女が今日の昼に起こした出来事を思い出し、頭を掻き毟りたくなる衝動を抑え、さめたコーヒーを啜る。


 午後十時。
 それが今、この部屋に掛かった時計が指している時間。
 普通の勤め人なら帰ってる時間だと思う。
 しかし、俺はまだ働いている。
 溜息は吐けば吐くほど幸せが逃げるなんて誰かが言っていたが、俺は吐く幸せも残っていないほど、溜息を吐きまくった…今日も。
 この御時世、重役出社など死語に近い気がする。
 8時過ぎには出社して、丸っと14時間。
 昼前に秘書が起こしたミス+通常業務にやっとゴールが見えてきた。

 はぁ……なんで、こうなるんだろ…。

 この2ヶ月、小さなミスを連発し、そのせいで残業した事も今日だけではない。

「君さ…」
「はい、なんでしょうかぁ?」
「大崎常務の所に居た時もこんな感じだったの?」
「えっ?こんな感じ…とおっしゃいますとぉ?」

 もともと不味いコーヒーが一層不味くなる会話をしてしまった俺は、自分の中にストレスがドドンと溜まって行く感覚に何とも言えない不快感を覚える。

 一刻も早くこの場から立ち去りたい…早く、帰りたい…。

 再び画面に視線を戻し、PCの電源を切る。


「…ったく」
「はい?何かおっしゃいましたかぁ?」
「いや、なんでもないよ」

 コイツ、自分がやった事が分かってないのか…?
 前任者である重役達は、若い彼女を庇って、些細なミスを叱咤しなかったのか?
 若しくは、細か過ぎて重役が気付かなかったか?
 自分で隠せる余裕が彼女にあったか?
 どちらにしても、ひとりで何でもできる俺にとってはウザったい存在だ。

 こんなの、俺には必要ない。

 社長である父に相談したことがある。
 だが「秘書の人事は秘書室に一任しているから」と門前払いだ。
 秘書が従事する者の邪魔をするなど、あってはならん事なのだろうが、この部屋の中で処理できてしまっている以上、それは軽微な事で秘書室長に直談判した所で問題として取り扱われるかも微妙なところだ。
 かと言って、わざと外部に漏れる様な大きなミスにさせるわけにもいかない。
 何よりも、その秘書室長に文句を言う時間がない。
 この秘書のミスのせいで、会議室と執務室の往復で一日が終わってしまうからだ。

 そんなこんなで、最近、朝比奈に会えてない…。
 充電切れよろしく、恋人に会えていない現実を思い出すと、俺の不機嫌メーターはMAXラインを越える。
 そんな内心を知らない女は、猫撫で声で声を掛けてきた。

「井坂専務ぅ…」
「ん?なに?」
「あのぉ、今からなんですがぁ…」
「今から?」
「はい、ご予定がなければぁ…」

 この女、何を言いたい?

「お食事でもいかがですかぁ?」

 バカか?コイツ?

「断る」
「えっ?」

 今まで、軽い口調で話をしていたが、もういい加減、面倒になった。
 女は『ナゼ?』という顔を見せるが、そんなものは無視だ。
 満面の笑みから、俺の内心を伺う事なんて、お前にはできないだろ?

「断られるのがそんなに不思議か?
 なら、親切心で教えてやろう、ありがたく思うとイイ。
 君と食事をする事なんて、無駄以外の何物でもないと思ったからだ。
 君が自らの立ち位置を弁える気が無いなら、それはそれでいいだろう。
 しかし、それは俺には関係ないってのは、わかるかな?」
「え?」
「ハッキリ言った方が良さそうだな…。
 君と仕事をしていると疲れるんだ。
 その上、君と一緒に居ろなんて拷問だな。
 俺、そんなのいらないよ。
 なんなら、君もいらない。
 わかった??」

 満面の笑みで答えてやっただけありがたく思え!

 女は、少し驚いた顔を見せ、バッチリアイメイクした瞳にうるうると涙を溜め始めた。

 ホントに、面倒だ…。

「ひ、酷いですぅ、専務ぅ」

 あー、あー、全部無視!

 秘書室に内線を掛ける。
 何コールか鳴って、好きな声が電話口に出た。

『はい、秘書室、朝比奈です』
「帰る、車…」
『はい、只今、手配致します』

 ――― 気付いてほしい…。

 そんな俺の気持ちをスルーして朝比奈は『お疲れ様でした、井坂専務。失礼致します』と会話を切る。

 ――― なんで気付かない…。

 俺は、内心が漏れないよう、受話器を静かに置き、ジャケットと鞄を引っ掴むと、秘書に何も言わず部屋を後にした。

 ――― 会いたいのに…。

 しかし、エレベーターに一人乗り込んだ所に着信したメールを目にして、思わず頬を赤らめてしまった。

【あと30分で退社予定です。
 寄り道せずに帰宅するつもりです。】

 朝比奈からのメールに書かれた文章はそれだけ。

 「御自宅で宜しいでしょうか?」と、問う送迎車の運転手に別の行き先を告げた。


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