2012-05-26
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隣に寝ていたはずの裸体は、すでに起床済みらしい。
体温は残ってない。
ベッド横の椅子には、キレイに折り畳まれたスウェットの上下とボクサーパンツが一枚。
服を着るのが面倒だから、下着だけ履いてリビングへ。
キッチンにはパートナーの姿。
Tシャツとハーフパンツで台所に立つ姿は、朝食を準備する新妻と言った所だろうか?
俺はその背中を後ろからギュッと抱きしめる。
温かくて安心する。
しかし、そんな俺に構わず、セカセカと移動する身体。
俺もそれに付いて右往左往。
そして、聞き慣れた声が耳に心地よく響く。
「おはようございます、龍一郎様」
「…ん、おはよ…」
ハリの無い俺の挨拶に、朝比奈は首だけ振り向いて背後の俺を見下ろす。
「また、変な夢でも見たんですか?」
いつも思う。
何も言っていないのに、なぜわかるんだ?…と。
朝比奈は、俺の腕を解いて振り返ると、優しく身体を抱き寄せてくれる。
「ほら、言ってみなさい」
髪を梳かれ、そう言われるとポロリと言ってしまう…。
「…お前が…、結婚して、子供が出来て幸せになった夢…を、見た…」
ベリっと、音を立てる様にして剥がされた身体。
力強く肩を掴まれれば、覗かれた瞳を逸らす事なんてできない。
「全く…なんでそんな無駄な夢を…?」
眉間に寄せた皺は、一体深さ何ミリだろう?
「無駄って…」
「第一、貴方の隣に居ない私が幸せなどという設定が、全くもって意味不明です…」
呆れるように溜息を吐く朝比奈。
でも、見ちまったものは仕方ないだろ?
「お前さ、親父が結婚しろって言ったらするだろ?」
「しませんよ」
「嘘だ…」
「では、貴方は?」
「俺は…しない…」
「ならば、私もしません」
ホント、無駄なやりとりだ…。
そう思えると途端に笑みが零れる。
そして、再び俺の身体を優しく抱きしめた朝比奈は、こんな事を洩らす。
「私の身体の全て、髪の一本、血の一滴、勿論、心も含めて、全て貴方の物です」
ココまで愛されているのに、朝比奈が側に居ないと不安で仕方ない。
不安なら、いっそこのまま死んでしまおうか…と、思えてしまう…。
しかし、身体は正直だ。
“ぐぅぅぅ…”
盛大に腹の虫が啼けば「朝食はカレーです」と、朝比奈がそれに続く。
「朝からカレーかよ…」
文句を言い、見上げれば、お決まりの様に小言が返って来る。
「昨日の晩、貴方が私を襲わなければ、きっと別の物だったでしょうね」
そう、昨日の晩、キッチンに立つ朝比奈を襲ってしまったのだ…。
「だって、久々にしたかったから…」
誘ったのは俺だが、朝比奈も終始ノリノリだったのは事実。
その事実に苦笑した朝比奈は、俺の額に一つキスを落とす。
「ほら、さっさと、顔を洗ってきなさい」
そして、朝比奈は俺から手を引く。
「気に入らん」
「何がですか?」
首を傾げる、朝比奈。
「今日は、パンイチだ!!」
「はぁ??
…って、ちょ、ちょっと、龍一郎様!!」
盛大にクエッションマークを頭上に示した朝比奈から、Tシャツとハーフパンツを剥ぎ取り、そのままバスルームへ逃げ込む。
まだ体温の残る衣を抱きしめると、朝比奈の体温と匂い。
その全てが俺の物。
『龍一郎様、歯も磨いて下さいよ』
なんて声が、ドアの向こうから聞こえる。
テーブルには、チキンカレー。
対面には、パンイチの朝比奈。
ローテーブルを挟んで二人の朝食。
「いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」
パンツ一丁で飯を食い、テレビから流れるつまらないニュースに雑談を挟んで、腹が満たされれば後はダラダラするだけだ。
そのまま潜り込む狭いベッド。
時に、本を手に取り。
時に、愛を語らい。
時に、寝て。
そして、目覚めてはキスをして抱きあう。
こうして、俺は、朝比奈薫の全てが俺の物である事を体感する。
こうして、私は、私の全てが井坂龍一郎の為に存在する事を証明する。
「愛しております、龍一郎様」
「当たり前だ」
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タイトルは、花椿欄丸 a.k.a. 及川光博(元・王子)の名曲より…。
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