2012-05-26
朝比奈が大輪のピンクの薔薇の花束を持っている。
その花束を渡したのは俺ではない。
花束を贈ったのは、朝比奈の妻。
親父が見合いを勧めたら、朝比奈は早々に結婚した。
それまで…、ほんの3ヶ月前まで、俺を身体を抱いていたくせに…あんなに熱く…。
…幸せそうな朝比奈。
昔、俺も朝比奈に貰った事がある。
その時は、意味なんてきっとなかったんだろうが、今回はちゃんと意味がある。
大輪のピンクの薔薇の花言葉は『赤ちゃんできました。』
彼女の中に、朝比奈の遺伝子が根付いたのだ。
「よかったな、朝比奈…おめでとう」
「はい、無事に産まれてきてくれる事だけが、今の願いです」
少し前まで、俺の事をあんなに『愛してる』って言ってたのに…。
ああ、バカみたいだ…。
彼女の隣で微笑む朝比奈…。
朝比奈の隣は、俺の場所のハズなのに…。
「龍一郎さん?」
朝比奈は結婚してから、俺をそう呼ぶ。
結局、俺と朝比奈の関係なんてそんなものだったんだ…。
こうして、薄れて行くんだ…。
そして、無かった事になるんだ…。
朝比奈の手も、腕も、胸も、髪も、瞳も、鼻も、耳も、口も、指も、腿も、声も、唇も…。
もう、俺の物じゃない…。
これが、正しい形…。
これが、正解…。
そういえば、俺も結婚したんだっけ…。
だから、朝比奈もあっさり結婚したんだよな…たしか…。
しかし、こうやって考えるのは、朝比奈の事ばかりだ。
俺では、朝比奈を幸せにしてやれなかった…。
だから、別れた。
そう、それだけ…。
ああ、何も考えずに眠ろう。
朝が来れば一日が始まる。
忙しく働き、帰宅して、そして眠る。
その繰り返し…。
前と違うのは、朝比奈の腕に抱かれなくなった事と、朝比奈の家に行かなくなった事と、朝比奈が俺を「龍一郎様」と呼ばなくなった事と…。
あと、なんだっけ?
まぁ、いいか…。
もう、眠ろう…。
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