忘却 to ハピネス | ナノ


2012-05-23


※恋文の日、即席SS。


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 定時で終わった金曜の夜。
 朝比奈宅で飯を食った後、買ってきた週刊誌の袋とじを開けたくて朝比奈に「ペーパーナイフないか?」って聞いたら「たしか、机の引き出しに…」って言われた。

 って事で、飯の後片付けをしてる朝比奈をリビングに置き去りにして、別室にある朝比奈の机を漁りに来た。



 安物のオフィスチェアに座って、デスクライトを付けると、スッキリとした机上が現れた。
 文具小物って言ったら、右の一番上の引出しだろ、普通。

 と、引出しをあけると、お目当ての物は無かったが、奥の方に平らな角型ブリキ缶が入っていた。

 掌に載せる事の出来る薄っぺらいそれは、たぶん菓子なんかが入っていた缶のようだ。
 古びたクマのキャラクターに時代を感じる。
 一体、いつのモノだろう?
 振ってみると、カサカサと物音はするが、とても軽い。
 気になって開けてみると、ハガキが一枚入っていた。


 宛先は、朝比奈薫様。
 差出人は…井坂龍一郎…。

「なんだこれ?」

 古いハガキは、角が落ちて、白さは薄れていた。

「俺が、朝比奈にハガキ??」

 ハッキリ言って、記憶になかった。
 しかし、ブツがある。
 文字の感じからいって、俺が書いた事に間違いはないようだ。
 消印は俺が小学2年の頃だ…。

「なんだったけ?こんなの書いたか?」

 ハガキを手に取ると、謎は簡単に解けた。

「あぁ、そういう事か…」

 ハガキの表面の隅に小さく大人の文字で【このハガキは、2年生の社会科学習の一環で書いています。】と記してあった。

「そういや、書いたっけ?…こんなの…」

 小学2年の社会科。
 たしか、人に手紙を書いて郵便局で切手を買って、ポストに投函するという半課外授業の時に書いた…はずだ。
 はがき大の紙に、住所を書いて、そしてメッセージを書いて出す。
 それだけの事なのに、随分、楽しかったのだろう…文字が躍ってるように見える。

 一体、昔の俺はどんな事を朝比奈に書いたのだろう。

「なになに、龍一郎くんは何て書いてたのかな??」

 裏書を見ようとぺラっと裏を向けると、ガキの筆圧高めの汚い文字に笑ってしまった。

『朝比奈 薫 さま
 こんにちは、お元きですか。
 ぼくは、元きです。』

 お元気ですかって、毎日会ってたのに…。
 それに、僕って…。
 多分、俺って書いて先生に修正されたのか…昔の俺…。

『薫くんが、ぼくの家に来てくれてうれしいです。
 いっぱいあそべて楽しいです。』

 所々、漢字なのって読みにくいなぁ…。
 まぁ、小学2年生だったし、仕方ないか…。
 薫の漢字は、親に教えてもらったんだっけ?

『これからもいっぱいあそびましょう。
 たくさんお話ししましょう。
 ではさようなら。
 井坂龍一郎より』

 内容の無い手紙だな…。
 子供の手紙ってこんなもんか??

 そんな回想をしていると、部屋の入口から朝比奈の声が聞こえた。
 と、同時に部屋のシーリングが点灯して、あたりが明るくなる。

「龍一郎様?」
「んあ?」
「ペーパーナイフは、ありましたか?」
「てか、お前、よくこんなの持ってたな…」

 オフィスチェアーでくるりと振り返った俺は、手に持ったハガキを近付いてきた朝比奈にヒラヒラと振る。

「まったく、探し物があって来たんでしょ?」

 朝比奈は俺の手からハガキを取り上げると、大切そうに缶に戻した。

「なに?ずっと持ってたわけ?」
「いけませんか?」
「別にいいけど…」
「貴方は、覚えてないと思いますが…」
「…っ」
「図星ですか?」

 クスリと笑った朝比奈は缶に静かに蓋をした。

「でしたら、この手紙を投函した日の事も覚えてませんか?」
「へ?」
「龍一郎様は、学校から帰ると、私に『今日から、かをる以外は家のポストに近付くな!』って…」
「なんだそれ?」

 プッと噴き出さん勢いの朝比奈は、話を続ける。

「理由を聞いても教えて何も言わないので、困ってしまいました」
「そんな事言ったか?」
「本当に覚えていらっしゃらないんですね…」

 なんで、俺はそんな事を言ったんだ?

「きっと、このハガキを私以外に見られたくなかったんでしょ?」
「いかにもガキの発想だな…」
「母や父が『新聞は、取りに行っても良いですか?』って聞いて龍一郎様は『ん〜、新聞はイイぞ!』って…」

 笑いの止まらない朝比奈は、俺の顔を見てまたププっと吹き笑った。

「もう、いいだろ……ったく。
 つか、そんなのよく残してたな…」

 頬杖を突いて、朝比奈を見上げていると、缶を愛しそうに撫でる朝比奈は、少しはにかんでこう言った。

「私が初めて貴方にもらったラブレターですから…」

 俺の体温は、その顔、その声で一気に上昇した。

「お、お前って、エメ編向きだな」
「そうでしょうか?」

 朝比奈は、缶を元に戻すと静かに引出しを押した。

「ラブレターねぇ…」

 小さな俺に恋心なんて無かったが、本当は気付いていなかっただけで、朝比奈にはわかっていたのかもしれない。

「で、ペーパーナイフは、見付かりましたか?」
「いや、もうイイ」
「いいんですか?」

 首を傾げる朝比奈に抱きついて思う。



 もっと、朝比奈と話がしたい。

 手紙じゃ通じない、文字じゃ通じない、俺の声で…言葉で…。


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※タイトルは、トモフスキーの名曲より…。











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