2012-05-23
キスの日、即席SSです。
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「こら、やめなさい!」
「もう、やるコト終わってんだから、つべこべ言うな!」
丸川書店執務室、午後11時。
ネクタイを引っ張られている秘書・朝比奈と、そのネクタイをグイグイ引っ張る俺様専務・龍一郎。
傍から見ていると、胸倉を掴んだケンカの様に見えるが、そんなことはない。
断じてない!
「やめなさい!」
「なんでだよ!」
「オフィスラブもどき禁止と言ったのは貴方でしょ!?」
身から出た錆び、口は災いの元、自業自得、しっぺ返し…あとはなんだ?
とにかく、某小説家とその同居人に言ってしまった言葉は、自分達にも有効だと朝比奈は言う。
「そりゃ、そうだけど」
尻すぼみな言葉を吐きながら、口を尖らし、拗ねる龍一郎。
「なぜ、キスしたいんですか?」
恋人のネクタイを引っ張って無理矢理キスなんて有りなのか?と思うが、この二人は有りらしい。
「だって、今日…」
「今日?」
「………キスの……日だから…」
バツの悪そうな顔を伏せながら、龍一郎がそう言う。
「キスの日…ですか?」
「もう、イイ!」
拗ねた俺様な恋人は、自分の思い通りにいかない事に少々御立腹らしい。
「もうイイのであれば、帰りましょう」
「…そうだな」
朝比奈は、龍一郎に鞄を渡すと、自らも身支度を整える。
鞄を朝比奈から剥ぎ取る様に奪った龍一郎は、舌打ちを鳴らして、執務室を後にした。
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エレベーターは、社用車が待つ地下駐車場ではなく、何故か一階に止まり、朝比奈は龍一郎を連れ、大通りに出た。
「なんでタクシー何だ?」
「キスの日なのでしょ」
「へ?」
そんな会話をしたのが1時間ほど前。
龍一郎は今、朝比奈の部屋で、後ろから抱きしめられていた。
「な、なんだよ…」
いきなりの行動に動揺する龍一郎。
「ギリギリ間に合いましたね」
「へ?」
朝比奈は、時計を着けた腕を龍一郎の前に差し出す。
「23時58分」
龍一郎の耳元でそう囁いた朝比奈は、そのままその耳にキスをする。
「耳は誘惑、だそうです」
「へ?」
続いて、龍一郎の手を拾い上げ口元まで持ってくると、手の甲に唇を落とす。
「手の甲は敬愛」
振り向かせた龍一郎を壁に優しく押しつけた朝比奈は、瞼・頬にキスする。
「瞼は憧憬、頬は親愛…」
その唇は、龍一郎の体温を行為と声で上げて行く。
積極的な朝比奈に赤面した龍一郎は、自らの腕に嵌めた腕時計を朝比奈の目の前に突き出す。
「0時2分。
キスの日は終わったぞ!」
「そうですね」
朝比奈は、目の前の手を掴むと掌と指先にチュッとリップ音を立てる。
「掌は懇願、指先は賞賛…そして、手首は欲望」
龍一郎の時計の金具を片手で弾くと、時計に隠れていた皮膚をベロリと大胆に舐める。
目を伏せてキスをする朝比奈の横顔にドキリと龍一郎の胸が鳴る。
「朝比奈っ!」
「キスの日しか、キスをしてはいけませんか?」
「…えっ?
…そんなことないけど…」
煽るような瞳で龍一郎を捉えると、朝比奈は手首に吸い付き赤い跡を残す。
「ちなみに、脛は服従、足の甲は隷属、爪先は崇拝です」
「な、なんだよそれ!」
「貴方が好きそうな言葉を集めてみました」
「あーさーひーなー」
別の意味で拗ねた恋人が愛しくなってしまった朝比奈は、再び掌にキスをする。
掌へのキス…意味は、懇願。
「お前は、ドコにして欲しいんだ?」
「そうですね、胸に下さい」
「意味は?」
そう聞きながら、龍一郎は首からぶら下がっている朝比奈のネクタイを捲り上げ、ワイシャツの上から軽くキスする。
「所有です」
「まんまだな」
龍一郎は口角をニヤリと上げ、そのネクタイを引っ張り、朝比奈の唇に噛みつくように顔を寄せる。
息の掛かる距離は自然に埋まって行く。
「唇は、愛情 ―――」
鼻から息がどちらともなく漏れ、口内でお互いを蹂躙する濃厚なキスを交わす。
「…っ…ふ…」
銀糸を引きながら離れた唇は、ぽってりと紅が差す。
「私は、キスの日以外であっても、龍一郎様とキスがしたいです」
龍一郎はそんな事を言う唇がまた欲しくなる。
「お前が俺に思っている事は、俺がお前に思っている事だ」
「龍一郎様、私は…―――」
何かを伝えようと動き始めた朝比奈の唇は、龍一郎によって塞がれた。
このあと、ベッドの上で、互いのキスの雨によってズブ濡れになる龍一郎と朝比奈であった…。
でも、それは、また別のお話…。
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※タイトルはTHE BLUE HEARTSの名曲より…。